とのできたのは、
「……、……島、難破、五人生存、救助――一八……年……」
 という意味の文字だけで、船の名と、島の名、年月は消えていた。
 それで、この銅の札は、どこかの島で難破した外国船の、生き残った五人が、船底にはってあった銅板に、釘でみじかい救助をもとめる文章をかいて、海鳥の首につけて、飛ばしたものにちがいない。
「どうなったろう、五人の人たちは……」
 みんなの思っていることを、練習生の秋田がいった。
 すると小笠原老人は、
「心配することほない、昔のことだ。こんなことは、助かったものと、きめておけばいいのだ」
 と、いいきった。
「銅の札は、いい思いつきだ、われわれもさっそく、まねをしよう」
 私は、われらの倉庫から、このまえ流し文《ぶみ》に使った銅板の残りが、たいせつにしまってあったのを出させて、十枚の銅の札をつくらせ、ひもを通すあなをあけさせた。それから、釘で、
「パール・エンド・ハーミーズ礁《しょう》、龍睡丸《りゅうすいまる》難破、全員十六名生存、救助を乞《こ》う。明治三十二年七月」
 と、日本文で書き、そのうらに、英文でおなじ意味のことを書かせた。日本文は、会員と練習生に、英文は帰化人に書かせた。書く者は、「これできっと助かるのだ」と思いこんで、いっしんこめて書いた。
「国後《くなしり》。この札をつけて飛ばせるのに、役にたちそうな鳥をつかまえてくれ。なるべく元気なやつを、たのむよ」
 鳥と国後とは友だちだと、みんなが思っているのもおもしろい。
 国後がつかまえてきた海鳥の首に、銅板の一枚をじょうずに細い針金でしばりつけて、さて飛ばそうとしたが、札が大きすぎて、重くて鳥は飛べない。そこで、だんだんに札を小さくして、鳥が首につけて飛べるだけの大きさがわかったので、アジサシと、アホウドリと、あわせて十羽の海鳥の首に、その札をつけて、浜に出て、みんなで飛ばせた。
 首に札をつけられて、びっくりした鳥は、一羽一羽かってな方角へ、高く飛んで行った。雨雲がひくく水平線にたれさがって、いまにも降り出しそうな空に、鳥のゆくえを見まもって、浜べに立った人たちは、
「鳥の郵便屋さん、たのむぞ」
「潮の流れの郵便屋さんよりは、鳥の方が速くて、ましかも知れない。どこかの島へおりるからね。無人島じゃ、せっかく配達してくれても、受け取る人がないや……」
「アジサシにアホウドリ
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