かしやしないかと窺ふやうに顏を眺めるのだつた。幾ら待つても彼女は巣から出て來ないので、私はやゝ飽いてしまつた。そして折から誘ひに來た友と一所に表に出ていつてしまつた。
暫くして、何も彼も忘れて表から家の中に飛び込んで來ると、庭の入口に立つてゐた母が、
『ほれ、こんなにめんげのを生《な》した……』と、手の平に粉を吹くばかりに綺麗な、恰好のよい玉子を載せてゐた。
『ほんと? え? これほんとに家の鷄が生《な》したの?』
私は奇蹟でも見るやうに、母の手から玉子を奪つて、握つて見たり、頬にあてゝ見たりして騒ぎ廻つた。その玉子は家内中の手から手へ渡り、それから私の友達が遊びに來さへすると、必ず出して見せられたのであつた。
それからといふもの、彼女は大抵一日おきに産卵した。
『おゝ、いゝ鷄がゐやすなあ、どうです卵を生《な》しやすか? これはもう一羽雌鷄を置くといゝんですがなあ、さうしつと大抵卵をかはりばんこに生しやすからなあ。そのうち一つ在の方さ行つた時に、恰好なのを見つけて來てあげやせう。』と、あるとき紙屑を買ひに來た棒手振が、暫く鶏を眺めてゐたあとで言つた。
その人の手から買はれたものであるかどうかははつきり分らないけれど、とにかくもう一羽の雌鷄が、間もなく一所に遊んでゐるやうになつた。
それは全身茶褐色の雌鷄で、白い雌鷄に比してどこやら形が武骨であつた。飽く迄も白い雌鷄贔負の私には、その茶色の鷄の眼付が、何となく意地惡さうに見えてならなかつた。また實際彼女は意地惡であつた。ぱらぱらと小麥を撒いてやると、一口二口ついばむと思ふ間に、いきなり白い雌鷄をつゝいて、餌の傍に寄せつけないやうにするのであつた。氣の弱い白い雌鷄は、それに手向はうともしないで、一人で悲しさうに遠のいてゐるので、私はわざといつぱいそこらに餌を撒いてやる。すると茶色のは、自分の方を一粒殘さず拾ひ上げもしないうちに、又やつて來て白い雌鷄をつつく。それを憎らしがつて私はよく茶色の籠をかぶせてやつたものだつた。
この茶色の雌鷄は一つも卵を生まなかつた。それでゐて燒餠やきで、雄鷄が白い雌鷄を呼ぶやうなけはひがすると、つゝうつと走つて行つて、白い雌鷄をつゝいていぢめた。それにも拘らず白い方はやはり今までどほり卵を生んでゐた。そしてつゝましく群を離れて遊んでゐる事が多かつた。
『この鷄は石鷄だ。』と、ある
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