》れ家《が》を求めようとしました。
 その頃|雜誌《ざつし》「青鞜《せいたう》」は生《うま》れ、新《あたら》しい女といふことが大分《だいぶ》やかましくなつてまゐりました。けれど私達は初めからそれを白眼《はくがん》でみました。なぜならば、少しもそれらの運動《うんどう》や宣言《せんこく》[#ルビの「せんこく」はママ]に共鳴《きようめい》を感ずることが出來ませんでしたから。ひそかに自分達《じぶんたち》の考へはもう舊《ふる》いのだろうと肯《うなづ》きました。さうしてその舊さに滿足《まんぞく》を感じ、光榮《くわうえい》を感じました。吾々《われ/\》は覺醒《かくせい》せりと叫《さけ》ぶひまに、私達はなほ暗の中をわが生命《いのち》の渇《かわ》きのために、泉《いづみ》に近《ちか》い濕《しめ》りをさぐる愚《おろ》かさを繰《く》りかへすのでした。私達はとてもあの人達のやうな自信《じしん》と誇《ほこ》りを持つことが出來なかつた。決して現在《げんざい》の自らの心の状態を是認《ぜにん》することが出來なかつた。
 さて私の結婚|後《ご》の生活《せいくわつ》は、渦《うづ》のやうにぐる/\と私どもを弄《もてあそ》ばうとしました、今猶|多少《たせう》の渦はこの身邊《しんぺん》を取り圍《かこ》みつゝあるけれども、貧《ひん》と心の惱みとに鍛《きた》へぬかれた今(まだ全《まつた》くはぬけ切らぬけれども)やうやくある落着《おちつ》きが私の心に芽《め》を出しかけました。その芽をはぐゝむものは、私の廣《ひろ》い深い愛でなければならないのです。私はまづ第一《だいいち》に夫《をつと》を愛しなければなりません。けれども情けないほど私の愛はまだ淺《あさ》いものです。私は自分の愛のいと小《ちひ》さく、淺く、狹《せま》いのを、恥《は》ぢ、恐《おそ》れ、嘆《なげ》きます。私の今の苦《くる》しみは、私ん[#「ん」はママ]自分に希《のぞ》んでゐる愛の足《た》りなさを、悲《かな》しむ心に外ならないのです。
 また私の胸《むね》に和《やはら》ぎの芽を植《う》ゑそめたものは、一頻《ひとしき》り私の膓《はらわた》を噛《か》み刻《きざ》んでゐたところの苦惱《くなう》が生《う》んだ、ある犧牲的《ぎせいてき》な心でした。その心持《こころもち》は今、私をだん/\と宗教的《しうけうてき》な方面《はうめん》に導《みちび》かうとし、反動《はんどう》のやうに起つて來た道徳的《だうとくてき》な心は、日光《につくわう》となつて私の胸に平和《へいわ》の芽を育《そだ》てます。けれども勿論《もちろん》穩《おだや》かな日和《ひより》ばかりは續《つづ》きません、ある時は烏《からす》が來て折角《せつかく》生《は》えかけたその芽をついばみ、ある時は恐ろしい嵐《あらし》があれて、根柢《こんてい》から何も彼《か》もを覆《くつがへ》してしまひます。恐らくその爭鬪《さうとう》は一生《いつしやう》續きませう。けれども秋々《あき/\》の實《みの》りは、必《かなら》ず何ものかを私に齎《もたら》してくれるものと信《しん》じてゐます。
 私達はもと、道徳の形骸《けいがい》や、強《し》ひられた犧牲《ぎせい》やらを拒《こば》みましたけれども、今わが内心《ないしん》に新しく湧《わ》き起つて來た道徳的な感情《かんじやう》をもつて、初めて闇《やみ》の中に探《さぐ》り求めてゐたあるものをつかんだやうな氣がするのです。それは全く私の心の要求から掘《ほ》り起された泉でありました。自らを進《すゝ》んで犧牲にすることは、決して自らを殺《ころ》すことではなかつた!と私はこの頃さう思つて安《やす》んじてゐます。
 ふと氣がついてみると、私は今|馬鹿《ばか》に固《かた》くなつてこれを書《か》いてゐました。若《も》しや[#「しや」は底本では「のや」]私の言ひ方《かた》があなたを説得《せつとく》するやうな調子になりはしなかつたかと思つて、私は今思はず面《おもて》を赤《あか》らめてゐます。どうぞ、あなたに贈《おく》る手紙《てがみ》にことよせて、私がくづれ易《やす》い自分の努力《どりよく》を誡《いまし》めているものと、失禮《しつれい》をお許《ゆる》し下さい。
 くれ/″\もゝう、境遇《きやうぐう》に向《むか》つて不平《ふへい》の呟《つぶや》きを洩《も》らす時は過ぎ去《さ》りました。「私や子供のために、こんなに痩《や》せながら働《はたら》かなければならないのだなんて、恩《おん》にばつかり被《き》せてゐるのよ。」[#「よ。」」は底本では「よ」。」]と仰言つたあなたの美しい寂しい笑顏《ゑがほ》を、私は今思ひ浮《うか》べてゐます。ねえ、私達は潔《いさぎよ》くその恩を被ようではありませんか! さうして愛を豐《ゆた》かに持つことに努《つと》め、それをすべてに捧《さゝ》げることに、決して自分の利益《りえき》を考へないやうにと心掛《こゝろが》けませう。
 私はこれから一生懸命《いつしやうけんめい》勉強《べんきやう》をしようと思つてゐます。私がこんど六十の手習《てなら》ひのやうな語學《ごがく》を初め出しましたのは、その第《だい》一|歩《ぽ》のつもりなんです。私達は決して今のまゝで死《し》んではなりません。その貧《まづ》しさには決して堪《た》へられません。私達はもう少し人間《にんげん》らしく生きなければなりません。今にもうすぐ私達の一生にも冬《ふゆ》がまゐります。私達はこの若《わか》さの秋に於て、出來るだけの働きをしなければなりません。
 今夜《こんや》はどうも思ひがけない手紙を書いてしまひました。どうぞ御主人樣《ごしゆじんさま》によろしくお傳《つた》へ下《くだ》さい。そして、またお近いうちに是非《ぜひ》お遊びにいらしつて下さいまし。[#底本では「。」が欠落]ではさよなら!



底本:「新潮」新潮社
   1914(大正3)年12月1日発行
※底本は総ルビですが、ルビは初出のみに省きました。
入力:林 幸雄
校正:小林 徹
2003年1月19日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 仙子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング