、外套を脱ぐ時の横顏をぢつと見て、何事かゞ東京にあつたのを知りました。そしてそれが必ずAと私との事に關してゞあるのを直感して胸をとどろかせました。でも、私の病氣はその頃だんだんいゝ目が見えてゐたのでした。
 私はあなたの唇がそれのために開かれるのが恐しかつたけれど、またあなたの顏がそのために[#「そのために」は底本では「そのためた」]結ぼれてゐるのも辛く、あなたのお土産を持たせておつたを祖母の家へやり、そしてしづかにあなたが何事かを私に語るのを待ちました。
『おれはA君と絶交する事にして來たよ……』と、あなたはおつしやいました。『併し、この事は別にお前に突然な事でもなければ、又意外な事でもないだらうと思ふがね。』
 私は默つてうなづき、そしてたゞ悲しく寂しくあなたの目を見、それから仰向になつて目を閉ぢました。
『おれは昨夜一晩かゝつてA君にわかれの手紙を書いて來た……』
 そしてあなたは一部始終をお話しになりました。
 その運動はまだ一部の間にしか認められてゐないけれど、新進氣鋭の團體であるF社の展覽會に出品したAの「マダム光子」が、當時相應に評判のよかつたのは、私も新聞でちらりと見て
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