つてますわ、そしたら今度はいつ出て來られるのかわからないけれど……」
「氣を揉まないで、すつかり快くなるまでゐて來る方がいゝな。僕寂しくはなるけれど……」
 彼は默つた。私は觸れてはならないものに觸れたやうなをののきを感じた。
「そのうち、僕一度は是非光ちやんの田舍に行つて見ますよ。」
 會話はとかく切れがちであつた。けれどもその沈默の中に、彼我を通じ前後を縫うてゐる一脈のものが流れてゐた。さうして私達は、何か自分達が永久に別れなければならぬのを豫感したかのやうに、私がやがて田舍に行くといふかりそめのわかれに就て、なごりを惜しむやうな心に自然となつてゐたのであつた。
「光ちやんが田舍に行つてしまふと僕ほんとに寂しくなる……」と、彼は言ひ出した。「それは僕にはせい子つていふ者があるけれど、あれの事を思ふ時に僕はいぢらしくかはいく、自分が力づけられ、そして世の中に對して奮鬪的な氣分になるけれど、慰められるつていふ點からいつたならば、僕は一番光ちやんに負ふ所が多かつたやうに思つてゐる……僕は、もしさういふ事が許されるならば、やつぱり光ちやんを愛してゐたのだと思ふ。そしてこの事はあなたも許して
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