たそれにあまへて、涙はとめどもなく私の双つの眼を浸すのでした。

        九

『僕が病氣をしてるから寂しい?』
 あなたはなほもさまざまに[#「さまざまに」は底本では「ざまざまに」]問ひ試みて、私の涙の正體を知らうとなさる。
『きつとさうなんだよ……』
 けれども私は默つてかぶりを振る。併しあなたは言ひます。『堪忍しておくれ、そしてもう少し辛抱しておくれ、ね!』
 私はたまらなくなつて、やにはにあなたの膝をゆすつてわめきます。
『さうぢやないの! さうぢやないの!』
 さうしてひたすらに自分を責め、あなたを劬る心で充ちながら、一層激しくすすり上げるのでした。
 かうした場合、私は最も幸福であつたのを今でもはつきり覺えてます。それはある火花の閃のやうに瞬間的なものではあつても、その幸福感は、羅針盤のやうに私の迷ひ易い心の方向を支配するのでした。
 けれども、その私達の航路に於て、穩な日和ばかりは決して續きませんでした。ある時は儘ならぬ運命にぢれて些細な事に爭ひ合ひ、あなたはあなた、私は私の絶望や失意を露骨にして、お互の上に辛い課税をかけ合ひました。あなたはたゞ自己の慰められ、劬
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