知つてゐました。けれども、それから私と彼との一寸した罪のない噂が、その仲間に傳へられてゐたのを私は今初めて知りました。
『けれどもおれは、そんな噂に就いてどうかういふのではない。それ程お前やA君や、又は自分を侮辱しないつもりだ……たゞ僕はそれによつて不快にされる、いや噂によつて不快にされるのではなく、噂によつておれが常々不快に、または寂しく感じてゐたことをさらにはつきりと感じさせられたのだ。お前とAとの關係――關係といふのに語弊があれば、まづその友愛――おれは常々それをさびしく眺めてゐた。おれは閑却されてゐる――さう思つた事がよくあつた、けれども、そんな氣の起る時にはすぐに自分を反省して、お前に餘所見をさせないだけの愛がおれにないのだと自分を責めた……そして寂しさをこらへて來た……』
 私は身うごきができませんでした。そしたら一ぱいに溜つた涙があやうくこぼれ散るのでしたから……あなたは息を呑んで、そしてまた續ける。
『けれども、おれはもうA君對お前、そのお前對おれの關係に堪へられなくなつた。そしてそれはおれのお前に對する愛を自覺すればするほど堪へられない。今になつて、たゞ自分さへ我慢すればいいやうに思つてゐたのは消極的な考だつたと思ふ、おれはどこまでも、お前が滿足するまでお前を愛して行く! 時にはもどかしいやうな事があるかも知れないけれど、その時にはせめておれの努力を思つて我慢しておくれ……』

        二〇

『おれは隨分考へた、もしお前の成長にどうしてもA君が必要であるならば……と。けれども、おれにはどうしてもさう思ふことはできなかつた。それだからおれは別れる事を斷行した。尤もお前がどこまでもおれについて來るといふ――お前には辛い道かも知れないが――意志を示してくれなかつたならば、おれはたゞ自分だけを不幸な男にしてしまつたかも知れない。けれどもねえ、おれは直接お前に尋ねはしなかつたけれど、いろいろと考へ合せて、とにかくさう判斷したのだ……尤も、それは例のお人好な、僕のうぬぼれかも知れないけれど……』
 あなたは猶一分の不安をもつて私を御覽になりました。私は慌てゝ強くかぶりを振りました、そのために涙がつめたく頬に亂れました。
『もしその判斷が誤らなかつたとすれば、それはくるしみやなやみが[#「くるしみやなやみが」は底本では「くるしなやみやみ」]、その叡智を
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