金に替へ、幾らかになつた儲を數へながら、自分を待つてゐる母親の方へと歸つて行くのであつた。そしてそれから米が買はれ、また父親のための晩酌が買はれるのであつた。
さてどうやらかうやら其日の夕飯が濟されると、彼は小さな體の疲を休める間もなくすぐに板の間に蓆を敷いて、乏しい洋燈の光の下に胡坐を組みながら草鞋を作つた。かうして孜々として倦まない息子を前に置いて、初めはほくほくとつまらないお世辭などを言ひながら手酌をやつてゐた父親は、段々徳利の底が輕くなるに從つて不機嫌になり出し、果てはお極りの大平樂を並べ出す。
『これお豐、これ見ろ、このとほり……』と、彼は徳利を逆にして見せて、『おれは毎晩盃の數をはかつてちやんと知つてるんだぞ、今夜の酒は少いぞ、うむ、どうしても足りない、女郎ごまかしたな、さあ出せ、おかはりをつけろ、人う盲目だと思つていゝ加減にやツりやがるな……おれあ徳利を持つて見た工合でちやあんと分るんだ、ちやんあんと……なに? 一つたらしも酒なんてねえ? 無けりやあ買つて來い!』
黒い眼鏡で盲ひた眼を隱した貧相な顏が、青味を帶びて嶮しくなり、母親がなだめればなだめる程ますます笠にかゝ
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