ほまた漠然として神といふものに望をかけて、一寸着物を更へて家を出た。宵に小ぶりの雪が解けかけて、家家の檐にしぶきがしてゐる。泥に塗れた雪が下駄の齒にきしんで足袋が濡れた。
『お母さんは、とても助るまい助るまいとひとりで青くなつてゐる。併し人間といふものがさうもたやすく死ねるものだらうか? 姉さんが死ぬ? あの姉さんが死ぬ?……』
人が死んだといふことを聞いてもさう不思議には感じないが、さてその死といふものが今自分の家に來やうとはどうしても思ふ事ができない。
『死ぬもんか、姉さんが、あの姉さんが死ぬもんか!』
『併しもし死んだとする……山崎家に大切な姉さんが死んだとする……』かう思つてその時のことゝ、それから以後のことゝを想像して、お芳はぎよつとした。
『宗三郎兄さんは婿に來た人である。親身の娘といふ鎖が切れて、舅姑と婿との間には隙が出來ずには居らぬ。新しい嫁、それを外から持つて來て押しつけたとて、ますますその隙が大きくなつて行くにきまつてゐるのだ。世間によくある奴、もしも私でも押し付けられたならば……厭だ、厭だ、身ぶるひする程いやだ! その時には、その時こそ私こそ死んでしまふ、いやい
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