いに切れてゐた。
『まあ……』と、その友達は顏を見て、活溌で、無邪氣で、文章が上手で、先生達にかはいがられてゐたその人が……といふやうな顏をした。
また清治といふ子は面白い子だつたので、毎日藥取に行く藥局の書生と仲善になつてゐた。時々遊び過ぎて遲くなつて來て宗三郎に叱られたり、さうかと思ふと皸や霜燒の藥などを貰つて來て、お芳にくれたりした。
『お芳ちやん、お芳ちやん、君島さんがこれよこしたぞい。』と、ある日清治は藥罎と一所に一通の手紙を渡した。
『君島さん?……』
『うん? 藥局の人、書生。』と、口早に言つていつた。
披いて見て笑つてお芳は捨てた。歌のまねしたやうなものが二三首書いてあつて、例によつてお芳の文才を稱へてある。これに類した思はせぶりな手紙は、絶えず他方から來た。
お芳の足の霜燒は頽れていたみに變つた。
『一人ではなかなか大變だから、民でも呼びよせて使つたらどうだい。』と、宗三郎の姉が來てよくさう言つた。
『ほんとにまあ、芳ちやんのよく働くこと……』
加納屋のをばさんは來る度に感心する。この人には二番目の息子があつて、もう嫁を取る時分になつてゐる。
六
蜜柑、數の子、綿、氷豆腐、細い札のついた砂糖の袋や、尻尾を水引で結んだ鹽鮭などが、歳暮の贈物としてやりとりされるやうになつた。
病人は先達てから左腹部に出來た凝がまだとれなくて、熱もあまり高くはなくなつたが、同じやうな度で續いた。學士は試にそこに蛭をつけて見たいといふので、お芳はある日、町の裏の百姓家に蛭を買ひに行つた。
畑と畑の間のくぼみや、細い蔓の枯れて絡つた樹の株などに、斑と殘つた雪が少くなつた。鼠色の夕暮の光に、風はやはり頬につめたく、寂しい郊外を一二軒づつ低い藁家が點々してゐる。
爐の焔に赤かつた顏の老爺が、
『いくら高く出したつて獲れぬものあ仕方がねえ、冬はみんな豆つ粒のやうにまるまつてゝ、なかなか見付かるもんでねえだ。一疋一兩出すつたつて、なあ、獲れぬものは[#「獲れぬものは」は底本では「獲れねものは」]仕方がねえや。』と、動かなかつた。
×市の取引先に依頼して、そこから小包で屆けて貰つたが、その時にはさいはひ用がなくなつて、罎の中にたゞ黒い蟲が延びたり縮んだりした。
『まあ上つて、よ、よう。』と、お芳は友珍しさに、一寸お針のかへりから屆けものかたがた顏を
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