つくりして私は耳をすました。
 今度こそそれは眞實であつた。一寸風の音かともまがふやうであるけれど、ごとごとごとと一つの調子を作つて、ある時は高く、ある時は低く、遠くから近くへ、更けて行く夜の闇の底を縫つて、その物音は走つて來る。しかもなほ天と地は默々として靜である。それは一體極度の傍觀なのであるか、それとも極度の干渉なのであるか?……
 言ひ合せたやうに隣室の話聲がぴつたり止つた。そしてその誰もが、闇を裂いて鳴り渡る非常汽笛の音を恐しく待ち受けるやうに、しいんとした間を作つた。
 私の體は熱くなつた、そしてやがてつめたくなつた。私は固くなつて、たゞ何者にともなく、何事をともなく、祈り願つた。それは、危い一つの命のためによりは、自分の良心の苛責から釋放される事を懇願するためにのやうであつた。
 ……無關心な響を殘して汽車は通り過ぎた。そして何事もなかつた。やつと手足の緊縛を許された罪人のやうに、私は萎えた體を起して、立つて窓を明けた。光は流れて斜に庭の一部分と隔離室の建物の側面とを照した。地は既にほんのりと白くなつてゐた。そして時折風に亂れながら、おとなしく、つゝましく雪が降つてゐた。
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