思ひます。私達は又貧しかつた。けれども燃えて盡きる事のない愛の焔でお互が温め合ひました。ある時は濕り、ある時は突風の危機に遇つて、僅に消え殘つた事もありますけれど、そしてそれを私達は最初ごくわづかしか[#「わづかしか」は底本では「わつかしか」]持つてゐませんでしたけれど、いろいろな艱難や寂しい目に遇ふ度にだんだん、だんだん[#「だんだん、だんだん」は底本では「だん、だんだんだん」]焔は強められて行きました。お互に援けあひ暖めあはないで、どうしてこのなやみの多い世に滿足して生きる事が出來ませう、それだのに今あの人はその伴侶を失はうとしてゐます。
五
あなたの籍も、たうとう籾山にかへりましたのですつてね、勿論弘一さんを喪つてからの佐瀬家にあなたの執着はない筈ですけれど、夫の姓を捨てる事の苦しさ寂しさはどんなであつたらうかとお察してゐます。あの家は決して操正しい寡婦のとゞまるに適當した家ではなかつたけれど、體は實家に寄せながらも、いつまでも佐瀬の姓をあなたは名乗るつもりでゐらしたのにね。あなたの行末を思ふ伯母さん從兄《にい》さんの深慮は、既にあの不幸當時からその事を考へ
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