た。私は本屋になった甲斐のあったことを初めて知り、責任のますます重きを痛感した。
 岩波文庫は古今東西の古典の普及を使命とする。古典の尊重すべきは言うまでもない。その普及の程度は直ちに文化の水準を示すものである。したがって文庫出版については敬虔なる態度を持し、古典に対する尊敬と愛とを失ってはならない。私は及ばずながらもこの理想を実現しようと心がけ、一般単行本に対するよりも、さらに厳粛なる態度をもって文庫の出版に臨んだ。文庫の編入すべき典籍の厳選はもちろん、編集、校訂、翻訳等、その道の権威者を煩わして最善をつくすことに人知れぬ苦心をしたのである。従来行なわれているものをそのまま編入すれば便宜なる時も、よりよい原稿を得るために新たに最適任者に懇請して数年を費やしてようやく刊行するに至った例も少なくない。しかるにこの態度は今もなお一般に理解されず、往々にして著者から謙遜のつもりで文庫にでも入れてもらいたいなど出版を申し込まれる場合がある。私は単行本には引き受けられても文庫には引き受けぬといって拒絶するほど、文庫を尊重愛護するのである。
 典籍の範囲をいずれに限定すべきか、従来既刊の岩波文庫を
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