強ふるがごとき、果して其揚言する学芸開放の所以なりや。吾人は天下の名士の声に和して之を推挙するに躊躇するものである。」
[#ここで字下げ終わり]
という一節を読み直してみても、その激越なる口調に当時の流行に対しいかに私が反撥心を持ったかがわかる。良書を廉価にということは本屋として誰でも思いつくことであるが、私も学生時代に親しんだカッセル版、レクラム版のような便宜なものをいつか出したいと志してきた矢先、ちょうど円本の流行はこの念願を実現する動因となったのである。

      ○

 岩波文庫は平福百穂画伯の装幀をもって昭和二年刊行された。これを発表した時の影響の絶大なりしことは実に驚いた。讃美、激励、希望等の書信が数千通に達した。「私の教養の一切を岩波文庫に托する」などという感激の文字もあった。私はよい仕事だ、高貴な永遠の事業だ、達成すべき企てだ、後には必ず成就する仕事だと考えたが、かくまで速かに、かくまで盛んに歓迎されるとは思わなかった。Du kannst, denn du sollst. は私の絶愛の句であるが、誠心誠意、読書子のために計る仕事は必ず酬いられるものであるとの確信を得
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