驚きは断定的、思索的、自覚的などということなしに、単なる受動的のものであった。しかし、そういうなかにもコスモの空想は彼一流の夢を送って、一種の陶酔に入っていた。
 彼は自分でも分からないほど長く腰をかけていたが、やがて驚いて起《た》ちあがって総身《そうみ》をふるわせながら再び鏡をながめると、鏡のうちに女はもういなかった。鏡はただこの部屋をあるがままにうつすのみで、ほかには何物もみえなかった。それは中央の宝石を取り去られた金の象嵌《ぞうがん》のごとく、または夜の空にかがやく星の消えたるがごとくであった。彼女はその姿と共に、鏡のうちにうつっていた一切のめずらかなる物を持ち去って、鏡の外にある物となんの異ることもなくなってしまった。それを見て彼はいったん失望したが、彼女はきっと再び帰って来るに相違ない、たぶん、あしたの夜も同じ時刻に帰って来るという希望をいだいて自ら慰めていた。そうして、もし彼女が重ねて来たならば、かの骸骨をみせて忌《いや》な心持ちを起こさせないようにするばかりでなく、すべて彼女に不愉快をあたえそうな物は、鏡にうつらない部屋の隅にことごとく移して、出来るだけこの部屋のうちを取
前へ 次へ
全43ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
マクドナルド ジョージ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング