いた。――やはりそれはあの道弥だった。崩れるようにうっ伏すと道弥の声が悦《よろこ》びに躍って言った。
「御無事で何よりに厶ります……」
ふいっと対馬守の面に微笑が湧いた。だが一瞬である。打って変った荒々しい声が飛んでいった。
「見苦しい! 退れっ。縁なき者の守護受けとうないわっ。行けっ」
「では、では、これ程までにお詫び致しましても、――手裏剣文放って急をお知らせ致しましたのも手前で厶りました。蔭乍らと存じまして御護り申し上げましたのに、では、では、どうあっても――」
「知らぬ! 行けっ」
「やむをえませぬ! ……」
さっと脇差抜くと、道弥のその手は腹にいった。途端である。対馬守の大喝がさらに下った。
「たわけ者めがっ。言外の情《なさけ》分らぬか。死んでならぬ者と、死なねばならぬ者がある――」
そうしてふいっと声をおとすと言った。
「嬰児《やや》が父《てて》なし児になろうぞ。早う行けっ」
「左様で厶りましたか! 左様で厶りましたか!」
血の匂う砂礫の上に道弥の涙が時雨《しぐれ》のようにおち散った。
見眺《みなが》めて対馬守は、ほころびかかった微笑を慌てて殺すと、急いで眼鏡をか
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