油断召さる間敷候《まじくそうろう》。堀|織部正《おりべのかみ》殿恩顧の者共に候。
殿に筋違いの御恨み抱き、寄り寄り密謀中のところを突き止め候間、取急ぎおしらせ仕候《つかまつりそうろう》」
ふいっと対馬守の面には微笑が湧いた。
「誰ぞ蔭乍ら予の身辺を護っている者があると見ゆるな」
だが一瞬にその微笑が消えて、怒りの声が地に散った。
「愚か者達めがっ。私怨じゃ。いいや、安藤対馬、堀織部正恩顧の者共なぞに恨みをうける覚えはないわっ。人が嗤《わら》おうぞ。――行けっ」
痛罵《つうば》と共に、姿は駕籠に消えた。――堀織部正は先の外国奉行である。二月前の去年十一月八日、疑問の憤死を遂げたために、流布憶説《るふおくせつ》まちまちだった。対馬守の進取的な開港主義が度を越えているとなして憤死したと言う説、外国奉行であり乍ら実際は攘夷論者であったがゆえに、任を負いかねて屠腹《とふく》したと言う説、それらのいろいろの憶説の中にあって、最も広く流布されたものは、品川御殿山八万坪を無用の地との見地から、対馬守がこれを外国公使館の敷地に当てようとしたところ、織部正が江戸要害説を固執《こしつ》して肯《がえん
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