――胸が詰って参った。もう迷わずにやはり決断せねばなるまいぞ、先へ行け」
 濠ばた沿いに飯田町へ出て、小石川御門の方へ曲ろうとするところに、煮込《にこ》みおでんと、鮨《すし》の屋台が二軒見えた。――しかしどちらの屋台もしいんと静まり返って、まことに寥々《りょうりょう》、客らしい客の姿もないのである。
「館《たて》!」
「はっ」
「そち今日、浅草へ参った筈よ喃」
「はっ。事の序《ついで》にと存じまして、かえり道に両国河岸《りょうごくがし》の模様もひと渡り見て参りまして厶ります」
「見世物なぞの容子はどんなであった」
「天保の饑饉《ききん》の年ですらも、これ程のさびれ方ではなかったと、いち様に申しておりまして厶ります」
「不平の声は耳にせざったか」
「致しました。どこに悪いところがあるやら、こんなに人気の沈んだことはない。まるで生殺しに会うているようじゃ。死ぬものなら死ぬように。立直るものならそのように、早うどちらかへ片がつかねばやり切れぬ、とこのように申しておりまして厶ります」
 ――まさにそれは地の声だった。尊王攘夷と開港佐幕と、昨是今非の紛々たる声に交って、黒船来の恐怖心が加わった、
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