と天下に声明せい」
 そう言って言明した以上は、激徒が必ずや機を狙っているに違いないのだ。――刺客としたら言うまでもなくそのいずれかが忍び入ったに相違ないのである。
 対馬守は端然として正座したまま、潔よい最期《さいご》を待つかのように、じいっと今一度闇になった書院の中の気配を窺った。
 だがやはり音はない。
「誰《た》そあるか」
 失望したような、ほっとなったような気持で対馬守は、短銃と一緒にオランダ公使が贈ったギヤマン玉の眼鏡をかけ直すと、静かに呼んで言った。
「道弥《みちや》はおらぬか。灯りが消えたぞ」
「はっ。只今持参致しまするところで厶《ござ》ります」
 応じて時を移さずに新らしい短檠《たんけい》を捧げ持ち乍ら、いんぎんにそこへ姿を見せたのは、お気に入りの近侍《きんじ》道弥ならで、茶坊主の大無《たいむ》である。
「あれは、道弥はおらぬと見えるな。もう何刻頃であろう喃《のう》?」
「只今四ツを打ちまして厶ります」
「もうそのような夜更《よふ》けか。不思議な消え方を致しおった。よく調べてみい」
「……?」
「首をひねっておるが、何としてじゃ」
「ちといぶかしゅう厶ります。油も糸芯も充分厶りますのに――」
「喃!……充分あるのに消えると申すは不思議よ喃。もし滅火の術を用いたと致さば――」
「忍びの術に達した者めの仕業《しわざ》で厶ります」
「そうかも知れぬ。伊賀流のうちにあった筈《はず》じゃ。そう致すと少し――」
「気味のわるいことで厶ります。御油断はなりませぬぞ」
「…………」
「およろしくば?」
「何じゃ」
「さそくに宿居《とのい》の方々へ御注進致しまして、取急ぎ御警固の数《すう》を増やすよう申し伝えまするで厶りますゆえ、殿、御意《ぎょい》は?」
「…………」
「いかがで厶ります。およろしくば?」
「騒ぐまい。行けい」
「でも――」
「国政多難の昨今、廟堂《びょうどう》に立つものにその位の敵あるは当り前じゃ。行けい」
 秋霜烈日《しゅうそうれつじつ》とした声だった。
 斥《しりぞ》けて対馬守は眼鏡をかけ直すと、静かに再び書見に向った。――読みかけていた一書は蕃書取調所《ばんしょとりしらべじょ》に命じて訳述させた海外事情通覧である。
 しかしその半頁までも読まない時だった。じいじいと怪しく灯ざしが鳴いたかと見るまに、またパッと灯りが消えた。同時に対馬守は再びき
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