まだった。その顔は、なにかを思いこんでいるというよりも、あらゆることに疲れ切っているという顔だった。
「どうしたんです。一体。――足の傷が痛むんですか」
「…………」
「傷が、その傷がお痛みになるんですか」
「決ってらあ」
「弱りましたね。手当をしたくも膏薬《こうやく》はなし、住職を起せば怪しまれるし、――酒があるんです。これで傷口を洗いましょうか」
「…………」
「よろしければ洗いますよ。もし膿《のう》を持つと厄介だからね。丸公《たまこう》、手伝え」
 おもちゃをでも、いじくり廻すように足を引き出して、こびりついている血と泥を、ごしごしとむしりとった。
 ぐいと、穴がのぞいた。
 その穴へ、ふたりは、代る代る酒をぶっかけた。――身を切るほども、しみ痛い筈なのに、しかし直人は、痛そうな顔もせずに、ぼんやりと壁へ身をもたせたままだった。
 なにかに、心をとられているらしいのである。――小次郎が、ひしゃげた鼻に、にやりと皺《しわ》をよせて言った。
「あれだね。――この忙しい最中に、先生も飛んだものを嗅いだもんさ。今の女のあの匂いを思い出したんでしょう」
「…………」
「旦那よりほかに寝かしもしないふとんの中へ入れたんだ。紙ひと重《え》の違いだが、因縁《いんねん》のつけようじゃ浮気をしたも同然なんだからね。そこを一本、おどしたら、あの女、物になるかも知れんです。酒のしみるのが分らないほど、思いに凝《こ》っていらっしゃるなら、ことのついでだ。今からひと押し、押しこんでいったらどうでごわすかよ」
「バカッ」
「違いましたか!」
「…………」
「どうもそのお顔では、ちっときな臭いんですがね。あのときの女の立膝が、ちらついているんじゃごわせんか」
 耳にも入れずに、直人は、目をつむっていたが、卒然として身を起すと、にったりとし乍ら、あざけるように言った。
「どうやらおれも、少々タガがゆるんだかな」
「なんのタガです」
「料簡《りょうけん》のタガさ。――大村益次郎、きっと死ななかったぞ」
 ギクリとなったように、小次郎たちも目を光らした。実はふたりも、それを気づかっていたのである。
「八人狙って八人ともに只の一刀で仕止めたおれじゃ。――のう、そうだろう」
 直人の顔が、描《か》き直したように青ざめた。
「しかし、九人目の大村にはふた太刀かかったんだ。そのふた太刀も、急所をはずれて膝
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