る場所もなかった。
 只一つ目についたのは、隣りの部屋の屏風《びょうぶ》の向うの寝床だった。
「この辺で消えたぞ」
「この家が臭い!」
「這入れっ、這入れっ」
 表の声は、今にも乱入して来そうな気配なのだ。
 直人は、せき立てられたように、隣りの部屋へ駈けこんだ。――しかし、同時に、われ知らず足がすくんだ。
 寝床は寝床だったが、ふっくらとしたその夜具の中には、旦那のおいで、お待ちかね、と言わぬばかりに、仲よく二つの枕がのぞいていたのである。
 ためらい乍ら、まごまごしているのを、突然、女がクスリと笑ったかと思うと、押しこむようにして言った。
「しょうのない人たちだ。二度とこんな厄介かけちゃいけませんよ。――早くお寝なさいまし」
 意外なほどにもなまめいた声で言って、咄嗟に気がついたものか、座敷に点々とおちている血の雫《しずく》の上へ、パッパッと一杯に粉白粉《こなおしろい》をふりかけておくと、ぺったり長襦袢のまま直人の枕元へ座って、さもさもじれったそうに、白い二の腕を髪へやった。
 間髪《かんぱつ》の違いだった。
 ドヤドヤと捜索隊の一群がなだれこんで来ると、口々に罵《ののし》った。
「来たろう!」
「三人じゃ!」
「かくしたか!」
「家探しするぞ!」
 声の下から、ちらりとけわしい目が光ったかと思うと、隊長らしいひとりがずかずかとおどりあがって、寝床の中の黒い月代《さかやき》をにらめ乍ら女にあびせた。
「こいつは誰じゃ!」
「…………」
「返事をせい! 黙っていたら引っ剥《ぱ》ぐぞ」
 手をかけて剥がそうとしたのを、女がおちついていたのである。黙って、その手を軽くはねのけると、うっすらと目で笑って、この姿一つでもお分りでしょう、と言うように、なまめかしく立膝を直人の顔のところへすりよせ乍ら言った。
「はしたない。旦那は疲れてぐっすり寝こんだところなんですよ。もっとあてられたいんですかえ」
「馬鹿っ」
 叩《たた》きつけるように、男が怒鳴った。
 馬鹿というより言いようがなかったに違いないのである。
「馬、馬鹿なやつめがっ、いいかげんにせい!」
 まき散らした白粉も、女とは不釣合な五分月代も、疑えばいくらでも不審があるのにいざと言えば寝床へも一緒に這入りかねまじい女のひとことに気を呑まれたとみえて、捜索隊の者たちは、ガヤガヤとなにかわめき乍ら、また表へ飛んでいった。
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