た時の容子《ようす》も腑《ふ》に落ちかぬるところがあったようじゃ。林田達みなの者と一緒にそちのところへも火急出仕の使いが参った筈なのに、その方ひとりだけ、このように遅参したのも不審の種じゃ。のう! 何ぞ仔細があろう。かくさずに言うてみい!」
「いえ、あの、殿!」
ついと横からそれを千之介ならで林田門七が奪い乍らさえ切ると、すべてのその秘密を知りつくしているがためにか、君前を執《と》り成《な》そうとするかのように言った。
「この男のことならばおすておき下さりませ。千之介の泣き虫はこの頃の癖で厶ります。それよりもうお灯《あか》りをおつけ遊ばしたらいかがで厶ります?」
「なに? 灯り? そう喃。――いや、まてまて。暗ければこそ心気も冴えて、老人共の長評定《ながひょうじょう》も我慢出来ると申すものじゃ。すておけ、すておけ。それより千之介の事がやはり気にかかる。のう! 波野! どうしたぞ? 早う言うてみい!」
「いえ、あの、殿――」
再び門七が慌《あわ》てて遮切《さえぎ》ると、千之介を庇《かば》うように言った。
「何でも厶りませぬ。仔細は厶りませぬ。気鬱症《きうつしょう》にでもとり憑《つ》か
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