どうじゃ! 合点《がてん》がいったか!」
「よっ。まさしくこの匂いは!――」
「そうよ! お身が恋女房と自慢したあの女の髪の油の匂いじゃわ。ウフフ。迷いの夢がさめたか」
「ど、どう、どうしたのじゃ! この匂いがおぬしの袖についているとは、何としたのじゃ! ど、どうどうしたと言うのじゃ」
「どうでもない。忘れもせぬ夕暮どきじゃ。殿より火急のお召しがあったゆえ、おぬしを誘いに参ったところ、どこへいっていたのかるすなのじゃ。それゆえすぐに引返そうと出て参ったところ、もしあのお袖が、――と恥しそうに呼びとめたゆえ、ひょいと見るとなる程綻《ほころ》びておったのじゃ。やさしいお手で縫うて貰うているうちに、どちらが先にどうなったやら、――それからあとは言わぬが花よ。この通り片袖に髪の油がしみついたと言えば大凡《おおよそ》察しがつこうわ。どうじゃ! 千之! 未練の夢がさめたか!」
「なにっ。うぬと、あれが! あれと、うぬが! ……」
 ふるえて声がつづかなかった。目である。目である。血走った目が青白い月光の中を一散に只飛んでいった。

         四

 勿論《もちろん》千之介の駈け込んでいっ
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