。嗤ってやるぞ! 未練者めがっ。会津御援兵と事決まらば、今宵にも出陣せねばならぬゆえ、残して行くが辛さにめそめそ泣いたであろうがな! どうじゃ! 一本参ったか!」
「…………」
「参ったと見えるな。未練者めがっ。たかが女じゃ。婦女子の愛にうしろ髪|曳《ひ》かれて、武士《もののふ》の本懐忘れるとは何のことか! 情けのうて愛想がつきるわ」
「いやまてっ」
「何じゃ」
「たかが女とはきき棄てならぬ。いかにもおぬしの図星通りじゃ。出陣と事決まったらどうしようと思うて泣いたも確かじゃが、俺のあれは、いいや俺とあれとの仲は人と違うわ」
「言うたか。今にそう言うであろうと待っていたのじゃ。ならば迷いの夢を醒《さ》ましてやるために嗅がしてやるものがある。吃驚《びっくり》するなよ」
 まさしくそれは声の上に出さぬ凄艶《せいえん》な笑いだった。深く心に期して待ちうけてでもいたかのように突然門七がにっと笑うと、千之介の鼻先に突き出したものはその左片袖である。
「嗅いでみい! 想い想われて契った恋女房ですらも、やはり女は魔物じゃと言う匂いがこの袖にしみついている筈じゃ。よう嗅いでみい!」
「……?」
「のう!
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