分らない男の顔そのままで厶りましたのでな、さては来たか! そこ動くなっとばかり、抜く斬る、――実に見事な早業《はやわざ》だったそうに厶ります。ところが不思議なことにもその子供が、たしかに手ごたえがあった筈《はず》なのに、お台所を目がけ乍らつつうと逃げ出しましたのでな、すかさずに追いかけましたところ、それからあとがいかにも気味がわるいので厶ります。開《あ》いている筈のない裏口の戸が一枚開いておって、掻き消すようにそこから雨の中へ逃げ出していったきり、どこにも姿が見えませなんだゆえ、不審に思いましてあちらこちら探しておりますると、突然、流し元の水甕《みずがめ》でポチャリと水の跳ねた音がありましたのでな、何気《なにげ》なくひょいと覗《のぞ》いて見ましたところ、クルクルとひとりでに水が渦を巻いていたと言うので厶りまするよ。そればかりか渦の中からぬっと子按摩の父の顔が、――そうで厶ります。旅先で斬りすてたどこの何者とも分らないあの男の顔が、それも死顔で厶ります。目をとじてにっと白い歯をむいたその死顔が渦の中からさし覗《のぞ》いていたと言うので厶ります。いや、覗いたかと思うと、ふいっと消えまして、
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