十万石の怪談
佐々木味津三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)燐《りん》の火

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)城主|丹羽《にわ》長国は、
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         一

 燐《りん》の火だ!
 さながらに青白く燃えている燐の火を思わすような月光である。――書院の障子いちめんにその月光が青白くさんさんとふりそそいで、ぞおっと襟首《えりくび》が寒《さ》む気《け》立つような夜だった。
 そよとの風もない……。
 ことりとの音もない。
 二本松城十万石が、不気味に冴《さ》えたその月の光りの中に、溶《と》け込んで了《しま》ったような静けさである。――城主|丹羽《にわ》長国は、置物のようにじっと脇息《きょうそく》に両肱《りょうひじ》をもたせかけて、わざと灯《あか》りを消させた奥書院のほの白い闇《やみ》の中に、もう半刻《はんとき》近くも端座し乍《なが》ら、身じろぎもせずに黙然《もくねん》とふりそそいでいるその月光を聴《き》きいったままだった。見入《みい》っているのではない。まさしくそれは心に聴き入っていると言った方が適切である。万一の場合を気遣って、
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