か知らぬが、その者はどうしたぞ?語ったために何ぞ崇りがあったか」
「いえ厶りませぬ」
「それみい! 話し手も息災、きいたそち達も今まで斯様《かよう》に無事と致さば何の怖《おそ》れることがあるものか! 長国、十万石を賭けても是非に聞きとうなった。いや主命を以て申し付くる! その怪談話してみい!」
「はっ。君命とありますれば申しまするで厶ります。話と言うは――」
「よさぬか! 門七! 知らぬぞ! 知らぬぞ! 崇りがあっても俺は知らぬぞ」
「構わぬ! 崇りがあらば俺が引きうけるわ。何やら急に話して見とうなった。ハハハ……。殿! 物凄い話で厶りまするぞ。とくと、おきき遊ばしませ」
物《もの》の怪《け》に憑《つ》かれでもしたかのごとくふるえ声で叫んだ千之介の制止を、同じ物の怪に憑かれでもしたように林田が跳ね返し乍らつづけていった。
「話と言うはこうで厶ります。ついこの冬の末にそれもこの二本松のお城下にあった話じゃそうに厶りまするが、怪談に逢《お》うたは旅の憎じゃとか申すことで厶りました。多分修行|半《なか》ばの雲水《うんすい》ででも厶りましたろう。雪の深い夕暮どきだったそうで厶ります。松川の宿に泊ればよいものを夜旅も修業の一つと心得ましたものか、とぼとぼと雪に降られてこの二本松目ざし乍らやって参りますると、お城下へもうひと息という阿武隈《あぶくま》川の岸近くで左右二つに道の岐《わか》れるところが厶りまするな、あの崖際《がけぎわ》へさしかかって何心なく道を曲ろうと致しましたところ、ちらりと目の前を走り通っていった若い女があったそうに厶ります。ぎょっと致しましたが、そこはやはり旅馴れた出家で厶りますゆえ、雪あかりにすかしてよくよく女を見直すと、これがどうで厶りましょう。パラリと垂れたおどろ髪の下から、ゲタゲタと笑いましてな、履物《はきもの》も履きませず、脛《はぎ》もあらわに崖ぷちへ佇《たたず》み乍ら、じいっと谷底を覗いていたかと思うと止めるひまも声を掛けるひまもないうちに、ひらりと飛込んで了ったと言うので厶りまするよ。それからが大変、なにしろ身は出家で厶りまするからな。人ひとり救うことが出来ぬようではと、お城下で宿を取ってからもそのことばかり気に病んでおりましたところ、急に何やら町内の者がそわそわと宿の内外で騒ぎ出しましたゆえ、それとなく探ってみると、因縁《いんねん》で厶ります
前へ
次へ
全16ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング