えました師匠にまつわる怪談で厶ります。師匠というのは仙台藩の赤堀伝斎、――父が教を乞いました頃は勿論赤堀先生のお若い時分の事で厶りまするが怪談のあったというのはずっとのちの事で厶ります。なにしろ居合斬りにかけては江戸から北にたったひとりと言われた程のお方で厶りましたゆえ、御自身も大分それが御自慢だったそうに厶りまするが、しとしとといやな雨が降っていた真夜中だったそうに厶ります。どうしたことか左の肩が痛い……。いや、夜中に急に痛くなり出しまして、どうにも我慢がならなくなったと言うので厶ります。右が痛くなったのであったら、武芸者の事でも厶りますから、別に不思議はないが、奇怪なことに左が痛みますゆえ、不審じゃ、不思議じゃと思うておりましたとこへ、ピイ……、ピイ……と、このように悲しげに笛を鳴らし乍ら按摩《あんま》が通りかかったと言うので厶ります。折も折で厶りますゆえ、これ幸いとなに心なく呼び入れて見ましたところ、その按摩がどうもおかしいと言うので厶りまするよ。目がない! いや、按摩で厶りますゆえ、目のつぶれているのは当り前で厶りまするが、まるで玉子のようにのっぺりと白い顔をしている上に、まだ年のゆかぬ十二三位の子供だったそうに厶ります。それゆえ赤堀先生もあやぶみましてな、お前のような子供にこの肩が揉《も》みほぐせるか、と申しましたところ、子供が真白い顔へにったりと薄ら笑いを泛《うか》べまして、この位ならどうで厶りますと言い乍ら、ちょいと指先を触れますると、それがどうで厶りましょう。ズキリと刺すように痛いと言うので厶りまするよ。その上に揉み方も少しおかしい。左が痛いと言うのに機を狙うようにしてはチクリ、チクリと右肩を揉むと言うので厶ります。それゆえ、流石《さすが》は武芸者で厶りまするな。チクリチクリと狙っては揉み通すその右肩は居合斬りに限らず、武芸鍛練の者にとっては大事な急所で厶ります。用もないのに、その急所を狙うとはこやつ、――と思いましてな、なに気なくひょいと子供を見ますると、どうで厶りましょう! のっぺりとした子供のその白い顔の上に今一つ気味のわるい大人の顔が重なって見えたと言うので厶りまするよ。しかも重なっていたその顔が、――ひょいと見て思い出したと言うので厶ります。十年程前、旅先で、自慢の居合斬りを試して見たくなり、通りがかりにスパリと斬ってすてた、どこの何者とも
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