るわ。のう! どうじゃ。一つ二つぞっとするような怪談聞こうぞ」
「……!」
「……?」
「まだ不審そうに首をひねっておるな。長国の胸中分らぬか! 考えてもみい。今宵こうしているまも、山一つ超えた会津では、武道の最後を飾るために、いずれも必死となって籠城の準備の最中であろうわ。いや、中将様も定めし御本懐遂げるために、寝もやらず片ときの御油断もなく御奔走中であろうゆえ、蔭乍ら御胸中拝察すると、長国、じっとしておれぬ。せめて怪談なときいて、心をはりつめ、気を引きしめていたいのじゃ。誰ぞ一つ二つ、気味のわるい話持ち合せておるであろう。遠慮のう語ってみい」
「なるほどよいお思いつきで厶ります。いかさま怪談ならば、気が引締るどころか、身のうちも寒くなるに相違厶りませぬ。なら、手前が一つ――」
漸《ようや》く主候《との》の心中を察することが出来たと見えて、膝のり出したのは石川六四郎だった。
「あり来たりと言えばあり来たりの話で厶りまするが、手前に一つ、家重代取って置きの怪談が厶りますゆえ、御披露致しまするで厶ります」
「ほほう、家重代とは勿体《もったい》つけおったな。きこうぞ。きこうぞ。急に何やら陰《いん》にこもって参って、きかぬうちから襟首が寒うなった。離れていては気がのらぬ。来い、来い。みな、もそっと近《ちこ》う参って、ぐるりと丸うなれ」
ほの暗い書院の中を黒い影が静かに動いて、近侍達は膝のままにじり寄った。濃い謎を包んでいる千之介も、みんなのあとからおどおどとし乍ら膝をすすめた。しかし依然としてしょんぼりとうなだれたままだった。――うなだれつつ、必死とまた声をころして幽《かす》かにすすり泣いた。
「やめろと申すに!」
言うように林田が慌ててツンと強くその袖を引いて戒《いまし》めた。
――たしかに門七は千之介のその秘密を知りつくしているのである。
「ではきこうぞ」
「はっ……」
しいんと一斉に固唾《かたず》を呑んだ黒い影をそよがせて、真青《まっさお》な月光に染まっている障子の表をさっとひと撫《な》で冷たい夜風が撫でていった。
そうして黒い六つのその影の中から、しめやかに沈んだ話の声が囁《ささや》くよう伝わった。
「――先年亡くなりました父からきいた話で厶ります。御存じのように父は少しばかり居合斬りを嗜《たしな》みまして厶りまするが、話というのはその居合斬りを習い覚
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