帯は、大きな屋敷の間に、手頃な屋敷がぎっしりと並んで、江戸の境いから明治へ跨《また》ぎ越えるまでは、塀《へい》からのぞいている木の枝ぶりまでにも、しずかな整頓があったが、それも今は、氾濫《はんらん》して来た腕力の思うままな蹂躙《じゅうりん》にまかせて、門は歪《ゆが》み、表札は剥《は》ぎとられ、剥いだあとのその白いところへ、買ったような、巻きあげたような、便利な方法で私有物にした人たちの名まえが、読みにくい字でべたべたと書かれて、このままいったらどうなることか、通りすがりにただ見ただけでも、カサカサと咽喉《のど》が渇《かわ》いてゆくような感じだった。
 そういう塀つづきのはずれに、うすい灯《ひ》のいろをにじませた本所《ほんじょ》石原町の街があった。
 あたり一帯を、官員屋敷に取り囲まれてしまった中にはさまって、せめてもこの孤塁《こるい》だけは守り通そうというように、うるんだ灯のいろの残っている街だった。
 その向う角の、川に向いた一軒の、
 お江戸お名残り、めずらし屋
 と、少し横にすねたような行灯《あんどん》のみえる小料理屋の門の前に止まると、新兵衛は、頤《あご》をしゃくるようにして目
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