やつが刀なぞ引き抜いて、あばれに来たゆえ、くくられたのじゃ! 退《ど》けっ。退けっ」
「いいえ! たとえこの身が八《や》ツ裂《ざ》きになりましょうとも退きませぬ! 道へお集りのみなさまもきいて下さいまし! このご前は、この嘘つきのご前さまは――」
「まだ言うかっ」
お雪の叫びよりも、いつのまにか黒集《くろだか》りに駈け集った人の耳が恐ろしかったものか、パッと有朋が大きくひとゆり馬上の身体をゆり動かしたかと思うと、お雪の白い顔が、なにか赤いものを噴きあげて、のけぞるように馬の下へころがった。
「平七! 行くぞ! さきへ!」
逃げるように角《かく》を入れて、駈け出そうとしたその一瞬だった。
突然、目をつりあげて、その平七が横から飛びつくと、お雪の放した有朋の靴へ、身代《みがわ》りのように武者ぶりついた。
「なんじゃ! たわけっ。おまえが、おまえが、なにをするのじゃ。放せ! 放せ!」
しかし、平七の手は放れなかった。武者ぶりついたかとみるまに、ずるずると片靴を引きぬいた。
反抗でもなかった。憤《いきどお》りでもなかった。恋でも、義憤でも、復讐でもなかった。水ぶくれのように力なくたる
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