ところだった。
それが機嫌をよくしたとみえて、有朋のとげとげしく長い細い顔が、珍らしく軟らいだ。
「おまえ、どうかすると馬鹿ではないかと思うときがあるが、使いようによっては、なかなか律義《りちぎ》もんじゃな。わしが大切にしている靴だから、大切に磨かずばなるまいという心掛けが、育ちに似合わずなかなか殊勝《しゅしょう》じゃ。もう少しはきはきしておったら、出世出来んもんでもないが……」
「…………」
クスクスと平七が突然笑った。
「なにがおかしい! ――どこがおかしいんじゃ」
「わたしはそんなつもりで、磨いていたわけではないんですが」
「ではどんなつもりで磨いたというんじゃ」
「こうやってぼんやり手を動かしておると、心持が馬鹿になれますから、それで磨いていたんですが」
「またそういうことを言う! そういうことを言うから、なんとか出世の道を開いてやろうと思っても、する気になれんのじゃ。馬鹿になる稽古《けいこ》をするというならそれでもいいが……」
ぽかりと穴があいたように、突然そのときどうしたことか、平七のもたれかかっていた裏木戸が、ギイとひとりでに開《あ》いた。
すぐにそこから小径《こ
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