似をするから、みんなからも爪《つま》はじきされるんじゃ。女将も女将じゃ。江戸の名残りだの、めずらし屋だのと、利《き》いた風《ふう》な看板をあげておいて、あのざまはなんじゃ! こういう風なことをするから、成り上り者が、ますますのさばるんじゃ」
「そういうことになろうかも知れんの」
「知れんと思ったら、貴様はじめ、こんな真似をせねばよいのじゃ! するから、尾っぽをふるから、心のよごれぬ女までが、お雪のまうなものまでが――」
 たまりかねたとみえて、新兵衛は、膝の横に寝かしてあった大刀を、じりじりと引きよせた。
 しかし、なん度もなん度も膝を浮かして、襖に手をかけようとしたが、その紙ひと重《え》の襖が、今はもう遠く及びがたい城壁のように、ぴったりと間を仕切って、たやすく開けることが出来なかった。
「馬鹿めがっ。意気地《いくじ》なしめがっ。こういうことになるから、こういう目に会うから、今の世の中は気に入らんのじゃ! ――女将! 女将!」
 悶《もだ》えるように、どったりと坐ると、新兵衛は甲高《かんだか》く呼んだ。
「酒を運べっ。女将! おれとてお客様じゃ! 貴様が運べぬなら、おやじを呼べっ、おやじを!」
 するすると襖があいて、その女将が、青ずんだ顔をのぞかせた。
 しかし、のぞくにはのぞいたが、新兵衛には目もくれなかった。
「平七さんとやら、ご前《ぜん》がうるさいから、さきへかえれと仰有《おっしゃ》っておりますよ」
「あ、左様か。今度はさきへかえれか。そういうことになれば、そういうことにするより致仕方《いたしかた》ござるまい。では、かえるかな……」
 のっそりとした顔をして平七は、追わるるままに、また、のっそりと立ちあがった。
「まてっ。むかむかするばかりじゃ。おれも行く! ――まてっ」
 いたたまらないように立ちあがると、荒々しい足音を残し乍ら、新兵衛もあとを追っていった。
 しかし、そとへ出ると一緒に、その足は、行きつ戻りつして、門《かど》から離れなかった。
 いくたびか、二階を睨《にら》めあげて、苛々《いらいら》と目を据《す》え乍《なが》ら、思いかえし、思い直しては、また、歯を喰いしばっていたが、矢庭《やにわ》に腰の小刀《しょうとう》を抜いて、平七の手に押しつけると、呻《うめ》くような声で新兵衛が言った。
「頼む! こいつを持っていってくれっ」
「おれに斬れというの
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