んだ!」
「あッ……」
ふッと息を吹きかえすと、
「怕い!……。怕い怕い!……」
かきすがりざま訴えた言葉がまた奇怪でした。
「白い影が……、煙のような男の影が……」
「のぞいたか!」
「そうざます。お湯からあがって、身仕舞いしているところへ、あのうす暗い庭さきからふうわりとのぞいて、また向うへ――」
梅甫、ききながらぎょッと粟つぶ立ちました
「アハハ……。気のせいだよ」
「いいえ、ほんとうざます。ほかのことはぬしにさからいませぬが、こればっかりは――」
ぞッと水でも浴びたように身ぶるいさせると、もう懲《こ》りごりと言うように訴えました。
「このようなうちに住むは、もういっ刻もいやざます。今宵にもどこぞへ引ッ越してくんなまし」
「馬鹿言っちゃいけねえ。俺もちらりと、――いいや、ちらりと見たという奴が目のせい、気のせい、みんなこっちの心で作り出すまぼろしさ、今御繁昌のお江戸に幽霊なんかまごまごしておってたまるかよ。それよりいい話があるんだ。おまえの兄さんに会ったぜ」
「まあ! いつ、どこで?」
脅えていた小芳の顔が、急にはればれと晴れ渡りました。
「兄さんなら、下総《しもふさ》
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