、容子、化粧《つくり》の奢《おご》り、身分のあるもののおてかけか寵姫《おもいもの》か、およそ容易ならぬ女でした。
その女の膝へまた主水之介が何と穏やかならぬことか、江戸にゆかりの眉間傷を軽くのせて、この世の極楽ここにありと言いたげに、悠々と膝枕の夢を結んでいるのでした。のみならず不思議なのはその女です。さぞやおどろくだろうと思いのほかに、気色《けしき》ばんでふたりが闖入《ちんにゅう》したのを見眺めると、ことさらに主水之介の首のあたりを抱きすくめながら、恋をえたことを見せびらかそうとでもするかのように、淫花《いんか》のごとく嫣然《えんぜん》と笑いました。
京弥は言うまでもないこと、妹菊路のろうばいはいたいたしい位でした。女遊び、曲輪通い、折々の退屈払いに兄主水之介がこの世の女どもとかりそめのたわむれはすることがあっても、こんなのは、寺の裏書院のかくれ部屋で素姓《すじょう》も計りがたい女と、かような目にあまる所業は今が初めてなのです。
菊路の美しい柳眉《りゅうび》は知らぬまに逆立ちしました。
「何ごとでござります! お兄上!」
「………」
「この有様は何のことでござります! お兄上!」
「御案じ申してはるばると御迎いに参ったのではござりませぬか! このはしたないお姿は何のことでござります!」
声に膝枕したまま薄目をあけて、物うげに見眺めていたが、こんな兄というものはまたとない。
「よう。お人形さまたち、いちゃいちゃとやって来おったのう。アハハハ……。膝枕五千石という奴じゃ。後学のためにようみい。男女陰陽《なんにょおんよう》の道にもとづいてたわむれするはこうするものぞよ。どうじゃ、妬《や》き加減は? アッハハハ。では、罷りかえるかのう。……」
飄々《ひょうひょう》として立ち上がると、けろりとしているのです。
「いかい御馳走さまで御座った。御縁があらばまたお膝をお借り申したい。これにて御免仕る。両人かえるぞ。参れ」
すうと出て行きました。
一一
不審《ふしん》なのは女の素姓です。
京弥と菊路の目と顔が探るように左右からつめよりました。
「あれなる女はいったい何ものでござります」
「ききたいか」
「ききたければこそお尋ねするのでござります。どこの女狐《めぎつね》でござります」
「女狐なぞと申すと口が腫《は》れるぞ。あれこそはまさしく――」
「何者でござります」
「腰本治右の娘、将軍家御愛妾お紋の方よ」
「えッ! ……。ほ、ほ、ほんとうでござりまするか!」
「懸値《かけね》はない。びっくりいたしたか。なかなかの美人じゃ。別して膝の肉づきは格別じゃったのう」
格別どころの段ではない。将軍家御愛妾の膝に枕したとあっては、いかに主水之介、江戸に名代の傷の御前であろうとも、事が只ですむ筈はないのです。
京弥のおもても菊路の顔も血のいろを失いました。
「飛んだことになりましたな。もしもこの一条が上様お耳に這入りましたら何となされます!」
「何としようもない、先ず切腹よ」
「それ知ってかようなおたわむれ遊ばしましたか!」
「当り前よ。右膝は将軍家、左り膝は主水之介、恋には上下がのうてのう。美人の膝国を傾けるという位じゃ。切腹ですむなら先ず安いものよ。寄るぞ。寄るぞ。心配いたすと折角の顔に皺《しわ》がよる。そちたちも膝枕の工合、とくと見物した筈じゃ。やりたくば屋敷へかえって稽古せい」
「なにを笑談仰せでござります! いつものお対手とは対手が違いまするぞ! かりにも将軍家、もしもの事がありましたならば――」
「………」
「御前!」
「………」
「お兄様!」
「………」
「殿!」
いち途《ず》の不安に京弥たちふたりはおろおろして左右からつめよったが、しかし主水之介はもう高枕です。屋敷へかえりつくと、ゆうべの膝枕を楽しみでもするかのようにそのまま横になって、かろやかな鼾《いびき》すらも立て初めました。
「飛んだことになりましたな……。さき程番町の屋敷へ訪れたときの容子、案内《あない》していきましたときの容子、お紋の方様が治右衛門めの娘とあっては、まさしく腰本が仕組んだ企らみに相違ござりませぬ。主人は只今火急の用向にて登城中と申したが気がかり、今になにか御城中から恐ろしいお使者が参るに相違ござりませぬぞ」
「な! ……。それにしてはお兄様の憎らしいこのお姿。こんなに御案じ申しあげておりますのに、すやすやとお休み遊ばして何のことでござりましょう。もし、お兄様!」
「………」
「お兄様!」
起きる気色もない。ことさらに落ちついているあたり、今に訪れるに違いない禍いのその使者を待ちうけているかのようにも見えるのです。
だが、不思議でした。
もう来るかもう来るかと、菊路たちふたりはおびえつづけていたのに、城中はおろか、どこ
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