れ。たまりかねたか、
「めあては早乙女だッ。おれにつづけッ」
とびかかった腰本治右衛門――。
「ばか者めッ」
そのまま、退屈男の前へ金縛《かなしば》りにあったように立ちすくんでしまいました。
おそろしい目です。射通すようにおそろしい主水之介の烱々《けいけい》たる眼光です。
「………」
じりッと、そのおそろしい目が一足動いた――。
「た、たすけてくれッ」
悲鳴をあげて腰本治右衛門、お濠端の一団の中へ逃げこもうとした途端、奇ッ怪です。サッと、一本の槍の石突きが、当の一団の中から流れ出たかと思うと、物の見事に治右衛門のみぞおちへ、――治右衛門の身体は、投げ出されたように砂利の上へ叩きつけられました。
同時にお濠端の一団から、袴のもも立ちりりしい姿がバラバラととび出すと、この逆転にあけっにとられた腰本一味の者を片ッ端からとっておさえる。おどりあがったのは十五郎です。
「おもしれえことになりゃがったぞッ。ざまを見ろい。この野郎!」
とび出して、腰本治右衛門をしめあげようとしたのを、
「ひかえろッ。十五郎ッ」
主水之介の大|喝《かつ》が下りました。
「京弥も菊路もひかえい。下座ッ。下座ッ。神妙に下座せいッ」
自らもまたその場に正座して、お濠端にのこった指揮者らしい姿にうやうやしく一礼すると、神色かわらぬその面にはればれとした笑みをただよわせながらいいました。
「上《かみ》! 三河ながらの旗本の手の内、まった生《き》ッ粋《すい》旗本の性根のほど、この辺で御堪能にござりましょうや」
一七
「あははは。にっくい奴のう! 見破りおったか!」
さわやかな笑いでした。笑いと共にずいと進みよった覆面の中から流れ出た声は、意外、将軍家綱吉公のそれでした。ふところ手のまま、主水之介の面前に立たれて、一段とお声が明るくかかりました。
「堪能じゃ堪能じゃ。いや、濠ぎわに追いつめられた時は汗が出るほど堪能いたしたぞ。あはははは、天下の将軍にあれまで堪能さすとは、にっくい主水之介よのう。はじめより余と知っての馳走か!」
「御意!」
「のう……」
「おそれながら、御骨相におのずとそなわる天下の御威光、夜目にもさえざえと拝しました上、御近習衆のお槍筋が、揃いも揃ったお止め流の正法眼流《せいほうがんりゅう》! 更には又、葵《あおい》御紋をも憚《はばか》らぬ不審! さては、
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