ころ手で、ぬうッと立っているのを見定めた瞬間、何思ったか、主水之介の面ににんまりわいたものは不敵な微笑でした。同時に太い声が放たれました。
「アハ……。おもしろい。お相手仕ろうぞ…」
 何ごとか期するところあるに違いない。左手《ゆんで》を丹田に右手《めて》を上向きにつきあげた揚心流水月当身《ようしんりゅうすいげつあてみ》の構え!
 ――素手《すで》で行こうというのです。しかも、ぐっと相手をにらんだその目の底には、明るい微笑が漂うたままなのです。
「これでまいる! 素手は素手ながら三河ながらの直参旗本、早乙女主水之介が両の拳《こぶし》、真槍《しんそう》白刄《しらは》よりちと手強《てごわ》いぞ。心してまいられい…」
「………」
「臆するには及ばぬ……遠慮も御無用!………額の三カ月傷こわかろうが、とっては食わぬ。腕一杯、踏んで来られたらどうじゃ」
 広言にくしとはやったか、右の一槍が、夜目にもしるくスルリと光って、
「えいッ」
 裂帛《れつばく》の気合もろともに突っかかったがヒラリ、半身《はんみ》に開いた主水之介の横へ流れて、その穂先は、ぐっと主水之介の小脇にかかえこまれてしまいました。
 のばした槍はうかつにはなせない。はなした一瞬、槍ははねかえって、おそろしい石突きの当身が見舞うのは知れたこと、引きもならず、進みもならず、必死と槍の一方にすがってもたついているのを、
「小|癪《しゃく》ッ」
 左から一槍が救いに走ってのびたが、また、いけない。寸前かるく体をひねった主水之介の右の小脇に、その穂先までがかいこまれてしまったのです。
「いかが! 敵を即座の楯とする、早乙女主水之介、無手勝流の奥義。お気に召しましたか」
「………」
「そのまま! そのまま! 突いてかかれば二つの槍につかまったお仲間が田楽ざしじゃ。次には同じく早乙女流、追い立て追い落しの秘芸御覧に入れる。――まいるぞ!」
 十字に組んだ二本の槍を、ぐいと両脇でかかえなおしたかとみるや、槍先の二人もろ共、わが身もろ共、じりりッと、残る六本の槍襖へ押し迫りました。仲間を楯に来られては、もはや返るより他はないのです。
「賢い! 賢い! はなれず後退《あとさが》りが兵法《へいほう》の妙じゃ! ほら! 一尺! ほら! 二尺! 一人でもはなれたら、この石突きがお見舞い申すぞ! ほら! ほら! 突いてかかればお仲間が田楽ざし
前へ 次へ
全45ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング