ど願わしゅうござります……」
一にも明君、二にも明君、只明君々々と明君ずくめで押し通しました。賢明な策です。暗愚と言われたよりも明君と言われたら、八百万石のお心持も、さぞやいいお心持だったに違いない。将軍家のお顔いろは、果然軟らぎました。
「では、治右の申せし事、その方はみな偽りじゃと申すか」
「御意にござります。どのようなことどもお耳へ入れ奉ったかは存じませぬが、早乙女主水之介も三河ながらの由緒ある旗本、恐れながら上《かみ》、御寵愛のお部屋様ときくも憚《はばか》り多い不義密通なぞ致すほど、心腐ってはおりませぬ。すべて腰本治右の企らみましたるつくりごと、御賢察願わしゅうござります」
「でも治右は、その方がささに酔いしれて、紋にたわむれかけたと申しおるぞ」
「以ってのほかの讒言《ざんげん》、みなこの早乙女主水之介を罪ならぬ罪に陥し入れようとの企らみからでござります。上も御承知遊ばす通り、あの者はもと卑しき黒鍬上がり、権に驕《おご》って、昨今の身分柄もわきまえず、曲輪の卑しきはした女《め》に横恋慕せしが事の初まりにござります。小芳と申すその女、他へかしずきしを嫉《ねた》んで、あるまじき横道しかけましたを、はからずも主水之介、目にかけまして力となったが治右には目ざわり、あろうことかあるまいことか、上、御寵愛のお紋の方様をそそのかし、場所も言語同断の伝通院へこのわたくしを招き寄せ、ささのたわむれ、お膝のたわむれ、申すも恐れ多い御振舞い遊ばされたのでござります」
「なぜたわむれた! よしや治右《じえ》の企らみであろうとも紋は予が寵愛の女じゃ。知りつつその方がまたなぜたわむれた!」
「天下の為、上、御政道の御為にござります」
「たわけめッ! 将軍家が寵愛の女の膝にたわむるが何ゆえ天下の為じゃ!」
「父娘《おやこ》、腹を合せて不義を強《し》いるような不埓者、すておかば恩寵《おんちょう》に甘えて、どのような非望企らむやも計られませぬ、知りつつお膝をお借り申し奉ったは、みな、主水之介、上への御意見代り、いずれはお膝を汚し奉ったことも、御上聞に達するは必定《ひつじょう》、さすれば身の潔白もお申し開き仕り、御前に於て黒白のお裁き願い、君側の奸人《かんじん》どもお浄《きよ》め奉ろうとの計らい、君側の奸を浄むるはすなわち天下のため、上御政道のお為にござります」
「たわけめッ」
「は?」
「
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