りますると、筋書通りに参りますまいかと思いまする」
「いや、そうでない。喧嘩とても胆《きも》のものじゃ。抜身の二本三本あの度胸ならへし折ろうわい」
「いいえ、やられましてござります……」
そのとき不意でした。突然、不気味に言った声と一緒に、するするとうしろの襖が開くと、降って湧いたかのように、そこへ姿を見せた男がある。血達磨《ちだるま》のように全身|朱《あけ》に染って、喘《あえ》ぎながら手をついているのです。
「ま! 怕い!……」
すがりついた吉三郎の奥州を抱きかかえながら、ギョッとなって主水之介も目を瞠《みは》りました。
「おう! そちは!」
同時におどろきの声がはぜました。
誰あろう、十五郎なのです、血に包まれたその男こそは、今噂をしたばかりの下総十五郎だったのです。
六
血を見て、傷を見て、いたずらにうろたえるような退屈男ではない。主水之介は、しんしんと目を光らして、十五郎の先ず傷個所を見しらべました。
右腕に二カ所、左肩に一カ所、腰に一カ所、小鬢《こびん》に一カ所、背の方にもあるらしいが、目に見えるは以上の五カ所です。
しかし血は惨《むご》たらしい程に噴いていても、傷は皆浅い。
「女! 焼酎を一升ほど持って参れ。なにはともかく手当をしてやろう。襦袢《じゅばん》でも肌衣でもよい、巻き巾になりそうなものを沢山持って参れ」
諸事無駄もなく、また手馴れたことでした。
団十郎も手を貸し、吉三郎のおいらんも片袖をくわえて甲斐々々しく手伝い、血止めの手当が出来てしまうと、下総十五郎がまたすばらしく精悍《せいかん》なのです。
「焼酎がヒリヒリと泌みていい心持がいたしやす。ぶしつけでござんすが、景気づけに一杯呑ましておくんなさいまし」
激痛をこらえて、歪んだように笑うと、なみなみ注いだ大盃をギュウと一気に呑みほしながら、ぶるぶると身ぶるいを立てました。
主水之介の声が泳ぎ出しました。
「小気味のよい男じゃのう。対手はさっきのあれか」
「そうでござんす。喧嘩両成敗じゃ、おまえらも小屋を出ろと、殿様がお裁きなすったんで、御言葉通り出るは出たんですが、出れば刄物|三昧《ざんまい》になるは知れ切ったこと、――ええ、ままよ、おれも下総十五郎だ、江戸で膾斬《なますき》りになってみるのも、地獄へいってからの話の種だと、男らしく斬られる覚悟をしたんです
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