塊りが左右四方から厳重に守りつつ現れたのです。
ずいと近寄ると、
「まてい」
胆《きも》の髄までもしみ入るような声でした。
「わざわざ荷物に造って御苦労じゃ。手数をかけて相済まぬ。もうよいぞ。苦しゅうない。苦しゅうない。主水之介も人夫用意致しておるゆえ、そのままおいて行けい」
「な、な、何でござります! 差上げるべきいわれござりませぬ。こ、これはそのような――」
「そのような、何じゃと言うぞ」
「怪しの品ではござりませぬ。こ、これは、その、こ、これは、その――」
「何品じゃ!」
「ふ、ふ、古道具でござります。只今お主侯様《とのさま》から、もう不用じゃ、払い下げいとの御諚《ごじょう》がござりましたゆえ、出入りの古道具屋へ売払いに参るところでござります。御退《おの》き下されませい」
「ならばなおさらけっこう。身共、近頃殊のほか古道具類が好きになってな、丁度幸いじゃ。買い取ってつかわそうぞ。値段は何程でも構わぬ。いか程じゃ」
「………」
「早いがよいわッ。売るもひと値。買うもひと値。あとで品物に不足は言わぬ! 言うてみい! 何程じゃ」
「二、二千両程の品にござります」
「たった二千金か! 即金じゃ。ほら! 手を出せい!」
声もろ共に、ギラリ抜いたのは相模守の一刀です。敵う筈がない! たじたじとあとに引きさがったのを、
「わはは。どうじゃ! いらぬか。諸羽流正眼くずしの一刀が只の二千金とは安いぞ。安いぞ。ウフフ。誰も要らぬと見ゆるな。では、折角じゃ。只で頂いては痛み入るが頂戴するぞ」
ずいずいと近寄りながら、鐺《こじり》で錠《じょう》を手もなく叩きこわして、さッと蓋をはねのけました。同時に長持の中から、くくされた身体をよろめくように起して、声を合わせながら叫んだのはまぎれもなく誰袖源七のふたりです。
「お殿様でござりましたか!」
「早乙女の御前様でありんすか!」
「ありがとうござります! ようこそ、ようこそお救い下さりました。ありがとうござります。命の御恩人でござります」
「ウフフ。そんなにうれしいか。生きておって仕合わせよのう。身共もうれしいぞ。まだ賞玩《しょうがん》せぬが、ゆうべはけっこうな菓子折、散財かけて済まなかった。早う出い。――京弥々々」
馳けつけて、何ぞ御用は、というように手ぐすね引いていたのを見眺めると、咄嗟に命じました。
「空長持送り返すも風情がない故、五六匹、主計頭に土産届けようぞ。ぼんやり致してふるえおるその者共、早う眠らせい」
自らもさッと躍り入ると、パタパタと三人を峰打ち。京弥の当て身に倒れた二人も交えて、ひと束にしながら長持の中へ投げ込むと、事もなげに言ったことです。
「美しい幽霊共じゃ。眺め眺めかえるかのう」
早くも注進うけたか、歩き出したそのうしろの屋敷内に、突然、慌ただしく足音が近づくと、罵《ののし》るように言ったのは、まさしく主計頭の声です。
「やったな。出すぎ者めがッ。忘れるな! 覚えておれよ!」
「ウフフ。わはは。そこへお越しか。声の主に物申そうぞ。主水之介、今宵のことは内聞に致してつかわしましょうゆえ、二万四千石が大切ならば、以後幽霊なぞこしらえぬようにさっしゃい。曲輪育ちの女子《おなご》はな、千石万石がほしゅうはない。気ッ腑がほしゅうござるとよ。わはは。――誰袖源七! 六兵衛のところへ早う行けい。比翼塚建てましょうにと、嘆いておったほど物分りのよいおやじ様じゃ。めでたく身請《みう》けが出来たら、また好物の菓子折など届けろよ。念のためじゃ、七五郎達送り届けい。――では京弥!」
「はッ」
「三河でぐずり松平の御前《ごぜん》からきいた言葉をふと思い出した。屋敷へかえってあの菓子頂戴しながら、菊めにお茶なぞひとねじりねじ切らすかのう。ウフフ。如何《どう》ぞ!」
「けっこうでござります」
「なぞと申して、菊めの名前が出ると、俄かにそわそわと足が早うなるのう。――一句浮んだ。茶の宵やほのかにゆらぐ恋心、京弥これを詠《よ》む、とはどんなものぞよ」
パッと紅葉がその頬に散ったに違いない。声もなくさしうつむいて、駕籠のあとから急ぐ京弥の背に、冬ざれの大江戸の街の灯がゆらゆらゆらめきました。
底本:「旗本退屈男」春陽文庫、春陽堂書店
1982(昭和57)年7月20日新装第1刷発行
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:tatsuki
校正:大野晋
2001年12月18日公開
青空文庫作成ファイル:
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