判が十枚と、走り書きの書置なのです。その書置もあり来たりの書置に見るように、先き立つ不孝をお許し下され度、生きて添われぬ二人に候えば死出の旅路へ急ぎ候、というような決り文句は一字も書いてはなくて、只二人の身元だけを書き流しにしるした型破りの書置なのでした。
「男。京橋花園小路、糸屋六兵衛|伜《せがれ》、源七。女。新吉原京町三ツ扇屋抱え遊女、誰袖《たがそで》。十両は死体を御始末下さるお方への御手数料として、ここに添えました。よろしきようにお計らい願わしゅう存じます」
 僅かにそれだけを書いた書置なのです。
「変たぜ。変だぜ。やっぱりどうも調子が変だよ」
「な! ……」
「男も男だが、女が花魁《おいらん》だけに、なおいけねえんだ。どっちにしても棄てちゃおけねえんだから、早えところ京橋へお知らせしなくちゃならねえ。船を出しなよ」
 何をするにしても先ず事の第一は、源七と名の見える若旦那風のその親元の、糸屋六兵衛に急をしらせるのが先でした。――抱き合ったままのいたましい骸《むくろ》を守りながら、折からの上げ潮を乗り切って漕ぎに漕ぎつ、急ぎに急ぎつ、さしかかったのは大川名打ての中州口《なかすくち
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