て身、遠当て、程よく腕馴らしやってみい」
「心得ました。久方ぶりでの道場荒し、では思いのままに門人共を稽古台に致しまするでござります」
 ほんのりと両頬に上気させて、莞爾《かんじ》と美しく笑みを残すと、
「頼もう。頼もう。物申す」
 大振袖に揚心流小太刀の名手の恐るべき腕前をかくして、殊のほか白ばくれながら訪ないました。
「槍術指南の表看板只今通りすがりに御見かけ申して推参仕った。夜中御大儀ながら是非にも釜淵先生に一手御立会い所望でござる。御取次ぎ下さりませい」
「何じゃと、何じゃと、他流試合御所望でござるとな。このような夜ふけに参られたとはよくよく武道御熱心の御仁と見えますな。只今御取次ぎ仕る」
 のっしのっしとやって来て、ひょいと見眺めるや対手は、この上もなく意外だったに違いない。そこに佇《たたず》んでいたのは紅顔十八歳、花も恥じらわしげな小姓だったのです。当然のごとく取次ぎの男は嘲笑ってあびせかけました。
「わはは。何じゃい何じゃい。今愉快の最中じゃ。当道場には稚児《ちご》の剣法のお対手仕る酔狂者はいち人もござらぬわ。御門《おかど》違いじゃ。二三年経ってから参らッしゃい」
「お控え召されよ!」
 見くびりながら取り合おうともしないで引返そうとしたのを、凛と一語鋭く呼びとめると、さすがに京弥、傷の早乙女主水之介がこれならばと見込んで、愛妹菊路に与えただけのものはあるつぶ選りの美少年です。
「武芸十八般いずれのうちにも、小姓ならば立会い無用との流儀はござらぬ筈じゃ。是非にも一手所望でござる。早々にお取次ぎ召されい」
「なに! 黄ろい奴が黄ろいことをほざいたな。強《た》って望みとあらば御対手せぬでもないが、当流釜淵流の槍術はちと手きびしゅうござるぞ。それにても大事ござらぬか」
「元より覚悟の前でござる。手前の振袖小太刀も手強《てごわ》いが自慢、文句はあとでよい筈じゃ。御取次ぎ召さりませい」
「ぬかしたな。ようし。案内しょうぞ。参らッしゃい。――各々、みい! みい! 世の中にはずい分とのぼせ性の奴がいる者じゃ。この前髪者《まえがみもの》が一手他流試合を所望じゃとよう。丁度よい折柄ゆえ、酒の肴にあしらってやったらどんなものじゃ」
「面白い。武芸自慢の螢小姓やも知れぬ。あとあと役に立たぬよう、股のあたりへ一本、変ったタンポ槍を見舞ってやるのも一興じゃ。杉山、杉山! 貴公稚児いじりは得意じゃろう。立ち合って見さッせい」
 卑《いや》しくどっとさざめき嘲けった声と共に、にったり笑いながら現れたのは杉山と言われた大兵《だいひょう》の門弟でした。得物はそのタンポ槍、未熟者の習い通り、すでに早く焦って突き出そうとしたのを、
「慌て召さるな」
 静かに制して京弥殊のほかに落ちついているのです。
「手前の嗜《たしな》みましたは揚心流小太刀でござる。そこの御仁、鉄扇をお持ちのようじゃ。暫時お借り申すぞ。――では、おいで召されよ。いざッ」
 さッと身を引いて六寸八分南蛮鉄の只一本に、九尺柄タンポ槍の敵の得物をぴたりと片手正眼に受けとめたあざやかさ! ――双頬《そうきょう》、この時愈々ほのぼのと美しく紅《べに》を散らして、匂やかな風情《ふぜい》の四肢五体、凛然《りんぜん》として今や香気を放ち、紫紺絖小姓袴《しこんぬめこしょうばかま》に大振袖の香るあたり、厳寒真冬の霜の朝に咲き匂う白梅のりりしさも、遠くこれには及ばない程のすばらしさでした。しかも、構え取ったと見るやたった一合、名もなき門弟なぞ大体物の数ではないのです。
「胴なり一本ッ。お次はどなたじゃ」
 爽《さわ》やかな京弥の声が飛んだとき、すでに対手はタンポ槍をにぎりしめたまま、急所の脾腹《ひばら》に当て身の一撃を見舞われて、ドタリ地ひびき立てながらそこに悶絶《もんぜつ》したあとでした。
「稚児の剣法、味をやるなッ。よしッ。俺が行くッ」
 怒って入れ替りながら挑みかかったのは、先程取次に出て来た名もない門人でした。
「ちと荒ッぽいぞッ。どうじゃッ。小わっぱ、これでもかッ」
 力まかせに繰り出して来たのを、軽く払って同じ脾腹にダッと一撃!
「いかがでござる。お次はどなたじゃ」
 涼しい声で言いながら、莞爾《かんじ》として三人目の稽古台を促しました。
「いい男振りだ。おどろきましたね」
 武者窓の外からそれを見眺めて、悉く舌を巻きながら感に絶えたように主水之介に囁いたのは、峠なしの権次です。
「あれ程お出来とは存じませんでしたよ。まるで赤児の手をねじるようなものじゃござんせんか。いい男振りだ。実にいい男前だね。前髪がふっさり揺れて、ぞッと身のうちが熱くなるようですよ」
「ウフフ。そちも惚れたか」
「娘があったら、無理矢理お小間使いにでも差しあげてえ位ですよ」
「ところがもう先約ずみで喃。お気の毒じゃが妹
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