御|在《いで》で遊ばしゃ遊ばしたで、是非にも御殿様でなくちゃというような事がいくらでもあるんです」
「ウフフ。あけすけと歯に衣着《きぬき》せず申してずんと面白い気ッ腑の奴じゃ。どうやら眉間傷《みけんきず》もチュウチュウと啼き出して参ったようじゃわい。そこでは話が見えぬ。上がれ。上がれ。何はともかく上がったらよかろうぞ」
「では、真平御免下せえまし。こうなりゃあッしもお殿様にその眉間傷を眺め眺め申し上げねえと、丹田《たんでん》に力が這入らねえから、御言葉に甘えてお端しをお借り申します。早速ですが、そういうことなら先ず手前の素姓《すじょう》から申します。御覧のようにあッしゃ少しばかり侠気《おとこぎ》の看板のやくざ者で、神田の小出河岸《こいでがし》にちッちゃな塒《ねぐら》を構え、御商人《おあきうど》衆や御大家へお出入りの人入れ稼業を致しておりまする峠なしの権次と申す者でごぜえますが、御願いの筋と申しますのはこちらのお絹さんの御亭主なんですよ。これがついこの頃人に奪《と》られましてね」
「奪られたと言うのは、他に隠し女でも出来て、その者に寝奪られたとでも申すか」
「どう仕りまして、そんな生やさしい色恋の出入りだったら、口憚《くちはば》ッたいことを申すようですが、峠なしの権次ひとりでも結構片がつくんです。ところが悪いことに対手が少々手に負えねえんでね。殿様が旅に御出かけなすった留守の事なんだから、勿論御存じではござんすまいが、ついふた月程前に、あッしのところの小出河岸とはそう遠くねえ鼠屋横丁《ねずみやよこちょう》へ、変な町道場を開いた野郎があるんですよ」
「なるほどなるほど、何の町道場じゃ」
「槍でござんす。何でも上方《かみがた》じゃ一二を争う遣い手だったとか評判の、釜淵番五郎《かまぶちばんごろう》という名前からして気に入らねえ野郎ですがね。それがひょっくり浪華《なにわ》からやって来て途方もなく大構えの道場を開いたんですよ。ところがよく考えて見るてえと開いた場所からしてがどうも少しおかしいんです。鼠屋横丁なんてごみごみしたところへ飛び入りに、そんな大きな町道場なんぞ構えたって、そうたやすく弟子のつく筈あねえんですからね。近くじゃあるし、変だなと思っているてえと、案の定おかしなことを始めたんですよ。開くまもなく職人を大勢入れましてね」
「何の職人じゃ」
「最初に井戸掘り人夫を十四人ばかりと、あとから大工が八人、その棟梁《とうりょう》の源七どんの御内儀《おかみ》さんがつまりこちらのお絹さんでごぜえますが、入れたはよいとして、いかにも不思議というのは、もうかれこれひと月の上にもなるのに、井戸掘り職人は言うまでもないこと、八人の大工もいったきりでいまだにひとりも――」
「帰らぬと申すか」
「そうなんでごぜえます。いくつ井戸を掘らしたのか知らねえが、十四人からの人夫がかかれば三日に一つは大丈夫なんですからね。それだのに行ったきりと言うのもおかしいが、通い職人がまた泊り込みでひとりも帰らず、四十日近くもこちら井戸ばかり掘っているというのも腑《ふ》に落ちねえことなんですからね。少し気味がわるくなって、ひと晩でいいから宿下《やどさが》りをさせておくんなせえましとお願いに参ったんでござんす。ところが変なことに、釜淵の道場の方ではもうとっくに井戸なんぞ掘りあげたから、人夫は十四人残らずみんな帰したと言うんですよ。帰したものなら帰って来なくちゃならねえのに一向帰らねえのは、愈々只事じゃあるめえというんで、つい色々と凶《わる》い方にも気が廻ったんです。と言うのは、無論お殿様なんぞ御存じでごぜえましょうが、ひょっとするとあれじゃねえかと思いましてね。ほら、よくあるこッちゃござんせんか。お城普請《しろぶしん》やお屋敷なんぞを造《こし》らえる時に、秘密の抜け穴や秘密仕掛けの部屋をこっそり造らえて、愈々出来上がってしまうと外への秘密が洩れちゃならねえというんで、工作人夫を生き埋めにしたり、バッサリ首を刎《は》ねたりするってことを聞いておりますんでね。もしやそんなことにでもなっていちゃ大変と、内々探りを入れて見たんです。するてえと――」
「あったか! 何ぞそれらしい証拠があったか!」
「あったどころか、どうも容易ならんことを耳に入れたんですよ。どんな抜け穴を掘ったか知らねえが、仕事が出来上がってしまってから、人夫を並べておいてやっぱり首を刎ね出したんでね、そのうちのひとりが怖くなって逃げ出したと言うんです。しかし逃げられちゃ道場の方でも大変だから、内門弟を六人もあとから追っかけさせて、とうとう首にしたとこう言うんですよ。だから、こちらのお絹さんもすっかり慌てておしまいなすったんです。井戸掘り人夫がそんなことになったとすりゃ、勿論棟梁達も無事で帰ることはむずかしかろうと大
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