て老神主の目の前二寸あたりの近くへ、ずいともち竿を突きつけると、ふわりふわりとその先を泳がせました。――と見えた一刹那、ヒュウと手元にしごいて繰り出したかと見えるや、術の妙、技の奥儀、主水之介程底の知れない男もない。しなしなと揺れしなっていた二間余りの細い竹がピーンと張り切って、さながらに鋭利な真槍の如くに、ピタリ、老神主の黒目を狙っているのです。かと見えるやそれがまた再びふわりふわりと左右へ泳いで、ある刹那にはその竿先が八本にも見え、次の刹那にはまた二十本位にも見えて、動いたかと思うと途端にピタリとまた黒目を狙い指しながら、千変万化、実にすばらしい妙技でした。
「若僧やるな! 鳥刺しといい貴様といい、愈々|胡散《うさん》な奴原《やつばら》じゃ。どこのどいつかッ。名を名乗らッしゃい? どこから迷って来たのじゃ!」
 いささか事志と違ったと見えて、勿論、真槍は同じ構えにつけたままだったが、老神官少々たじたじとなりながら鋭く言い詰《なじ》ったのを、落付いたものです。
「ウフフ、またそれをお尋ねか。御老体、ちとお耳が遠うござりまするな。身共はな――」
「なにッ、耳が遠いとは何を言うかい。当豊明権現《とうとよあきごんげん》を預る神主沼田正守と申さば、少しはこのあたりにも知られたわしじゃ。事ここに至っては命にかけてもうぬら二匹、追ッ払わねばならぬ。誰の指し図によって垣のぞきに参ったのじゃ。言わッしゃい! 言わッしゃい! それを言わッしゃい! どやつが指し図致したのじゃ」
「わははは、誰の指し図とは御老体、耳が遠いばかりか脳の方も少々およろしくござらぬな。身共はな、このうしろの奴じゃ、こやつのな――」
 ひょいとふり返って見ると奇怪でした。小さくなって慄えてでもいるだろうと思いのほかに、あの男がいないのです。いつのまにどこへ消えてなくなったものか、あの不審な鳥刺しの姿が見えないのです。しかもその刹那! さらに不審でした。
「また来やがッたか。やッつけろ。やッつけろ」
「構わねえ、のめせ! のめせ! 御領主様の廻し者に違えねえんだ。打《ぶ》ちのめせッ、打ちのめせッ」
 突然、口々に罵り叫んだ声が聞えたかと思うや同時に、どッと犇《ひし》めき騒ぎ立った喊声《かんせい》が伝わりました。

       二

 聞えて来た方角は鎮守の森の奥の、こんもりと空高く聳える木立ちに囲まれた、社殿のうしろと覚《おぼ》しきあたりです。しかも、声はさらにつづいて伝わりました。
「逃げた。逃げた。野郎め、そッちへ逃げたぞッ」
「追ッかけろッ。追ッかけろッ。逃がしてなるもんかい! 逃がせばこんな奴、御領主様に何を告げ口するか分らねえんだ! 叩き殺せッ、叩き殺せッ」
 怒号と共にバタバタという足音が聞えたかと思うや、必死にこちらへ逃げ走って来たのは、意外! あの消えて失くなった鳥刺しなのです。追うて来たのがまたさらに奇怪! 十人、二十人、三十人――、いやすべてでは五六十人と覚しき農夫の一隊でした。しかもその悉《ことごと》くが手に手に竹槍、棍棒《こんぼう》、鍬、鎌の類をふりかざしているのです。
 一|揆《き》?
 百姓一揆?
 どきりと退屈男の胸は高鳴りました。一揆だったら事穏かでない。――まさに由々敷重大事なのです――その刹那、足の早い農民の両三人が砂煙あげつつ鳥刺しの背後に殺到したと見るまに、早くすでに四ツ五ツ、棍棒の乱打がその背を襲いました。同時にそれを見眺めるや、白髯痩躯《はくぜんそうく》の老神主が、主水之介に狙いつけていた手槍を引きざま、横飛びによたよたと走りよると、勿論叱って制止するだろうと思われたのに、そうではないのです。
「くくらッしゃい! くくらッしゃい! 殺してしまわばあとが面倒じゃ。殺さずにくくらッしゃい! 以後の見せしめじゃ。くくッて痛い目にあわさッしゃい!」
 さすがに虐殺することだけは制止したが、自身先に立って手槍を擬《ぎ》しながら、鳥刺しの逃げ去ろうとした行く手を遮断すると、農民達に命じてこれを搦め捕らせようとさせました。しかしそのとき、すいすいと足早に近寄って遮切《さえぎ》ったのは主水之介です。手にしていたモチ竿を投げすてながら、襲いかかろうとしていた農民達を軽く左右にはねのけて、ぴたり、鳥刺しをうしろに庇《かば》うと、静かに、だが、鋭い威嚇《いかく》の声を先ず放ちました。
「控えおらぬか。騒ぐでない。何をするのじゃ」
「何だと!」
「邪魔ひろぐねえ」
「どこから出て来やがったんだッ」
「退《ど》きやがれッ。退きやがれッ。退かねえとうぬも一緒に痛え目にあうぞッ」
 どッと口々に犇《ひし》めき叫びながら襲いかかろうとしたのを、
「控えろと申すに控えおらぬか! これをみい! 身共もろ共痛い目にあわすはよいが、とくと先ずこれを見てから命と二人で
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