民一統枕を高くして農事にもいそしめると言うものじゃ。御気持はいかがでござる。屈強な者共二三人えりすぐって、これなる上申書、すぐさま江戸へ持参するよう、御手配なさりませい」
「ウフフ、あはは、左様か左様か。病の根を枯らし取ると言うたはこの事でおじゃったかい。いや、さすがは干物がお好きなだけのものがおじゃる。飛ばそう、飛ばそう。すぐに江戸へ飛ばしましょうが、その間、丁度よい都合じゃ。今十一人の女共を救うてやったあの部屋が、錠前つき、出入りままならぬ座敷牢ゆえ、大目付御係り役人がお取り調べに参るまで、この青いお頭《つむり》を投げ込んでおきましょうわい。十郎次出家、立たッしゃい」
 ぐんぐん引立てて行くと、手もなく投げ込んだと見えて、ピーンと錠前のかかる音がひびき伝わりました。――刹那、ちらりと庭先を掠《かす》めて通りすぎようとした姿は、まさしくあの鳥刺しです。
「まだ貴様、まごまご致しおったか。事のついでに主水之介自ら手を下して、うぬも一緒に坊主にしてやろうぞ」
 すいと泳いでその襟髪引ッ捕えながら、早くもすでにプツリ髻《もとどり》を切ってすてました。
「馬鹿者めがッ。行けッ。わはは、いいこころもちよ喃。御老体どうぞ御先に。では、京弥、菊路、そろそろ参ろうかい」
 事もなげに、そうして悠々と引上げていった退屈男のその足どりの爽やかさ! ――救い出された女共から知らせをうけて駈けつけたと見えて、屋敷の門の前に蝟集《いしゅう》していた農民共が、見迎え見送りながら、一斉に歓呼《かんこ》の声を浴びせかけました。
「殿様、有難うござります」
「お蔭で領民共一統生き返りました」
「有難うござります。有難うござります」
 夜空に高く星も喜ばしそうにまたたいた。



底本:「旗本退屈男」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年7月20日新装第1刷発行
※混在する「不埒」と「不埓」は、底本通りとした。
入力:tatsuki
校正:皆森もなみ
2001年10月18日公開
青空文庫作成ファイル:
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