拠どこにおじゃる。石垣の修築と境内の秋芝刈りを願おうと存じたのでな。みなの衆にもその用意して社殿の裏に集《つど》うて貰うたのじゃ。鍬をお持ちの方々は即ちその石垣係り、鎌を所持の人達は即ち草刈り係り、それから竹槍と棍棒は――」
「何でござる! 何のために左様なもの用意させてござる!」
「狸《たぬき》狩りじゃ。奇態とあの境内へ夜な夜なムジナ、マミの類《たぐい》がいたずらに参るのでな、尊い御神域を修復中にケダモノ共が荒してはならぬと、追ッ払い役に頼んだのじゃ。あははは。では、参るかな。みなの衆も行かッしゃい」
「ならぬ! 罷《まか》りなりませぬ! 境内修復ならばかような夜中にせずともよい筈じゃ。明日という日がござる。なりませぬ! 遣わすこと罷りなりませぬ!」
「これはしたり、名君名主になろうには、もう少し物の道理の御修業が御肝要じゃ。いかにもあすという日がおじゃる。しかしな、民百姓というものは、日のうちこそ大事、大事な日中を使い立て致さば、お身が栄躍栄華《えいようえいが》のもとたる米すら作ることなりませぬ。それゆえ手すきの夜業《よなべ》にと、みなの衆にもお集りを願い、ぜひにもまた今宵お借りせねばならぬのじゃ! 神意は広大、御神罰もまた御広大、崩れた垣のままでいち夜たりとても棄ておかば、御社《みやしろ》預る沼田正守、豊明権現様に御貴殿が御家名安泰の御祷りも出来ぬというものじゃ。では、みなの衆、参りましょうかな!」
「いいや、なりませぬ! 断じてやることなりませぬ! 強《た》って労役人夫入用ならば、当領内にはまだ百姓共が掃く程いる筈、そやつ等を呼び集めさッしゃい。この者共は一歩たりとも屋敷外へ出すことなりませぬ!」
「分らぬ御方じゃな。特にこの方々呼び集めたのは、力も人の一倍、働らきも人一倍でおじゃるゆえ、わざわざえりすぐってお集《つど》いを願うたのじゃ。それゆえ、ぜひにもこの方々でのうては役に立たぬ。それとも――」
「それともなんでござる!」
「いいやな、これ程申してもお用立出来ぬと仰せあるならば、致し方がおじゃりませぬゆえな、今から江戸へ急飛脚飛ばして、寺社奉行様のお裁《さば》きを願いましょうわい。御領内に鎮座まします御社でござるゆえ、御身のものと申さば御身のものじゃが、社寺仏閣の公事《くじ》争い訴訟事は寺社奉行様御支配じゃ。御先祖様が無心徴発苦しからずと仰せのこしておじゃるのに、御身が貸すこと罷りならぬとあらば、江戸お上にお訴え申して、この黒白《こくびゃく》つけねばならぬ。さすれば――」
「………!」
「あははは。ちと雲行がおよろしくござらぬと見えて、俄かにぐッと御|詰《つま》りでおじゃりまするな。いやなに、別段事を荒てとうはござらぬが、おじい様は使えとおっしゃる、お孫殿はならぬと仰せあって見れば止むをえませぬのでな、出るところへ罷り出て、お裁き願うより手段《てだて》はござりませぬわい。さすれば元より軍配のこちらに揚がるは必定、それやかやとお調べがござらば、当屋敷からほこりも出ようし、鼠も出ようし、出ればその何じゃ、自《おの》ずとお上の目も光り、光らば御家断絶とまではきびしいお裁きがないにしても、御役御免、隠居仰付けらる、というような事になり申すと、わしは構わぬが、八郎次どの御霊位に対して御気の毒と思いまするのでな。物は相談じゃが、どうでおじゃるな、断じて罷りならぬとあらば、それはまたそれでよし、お借り願えるものならばなおけっこう。いかがじゃな」
「………!」
「何と召さった。大分歯ぎしりをお噛みのようじゃが、虫歯ならば沼田正守医道の心得がおじゃるゆえ、ことのついでに癒して進ぜましょうかな」
「勝手にさッしゃい!」
「なるほど。では、御借り申してもようおじゃるかな」
「くどいわッ。それほどこの百姓共がほしくば、とっとと連れて行かッしゃい!」
「なるほど、なるほど。御年は若いがさすがに急所々々へ参ると、よく物が御分りでなによりにおじゃる。祖先の御遺訓を守るは孝の第一、神を敬するは国の誉、そなたも豊葦原瑞穂国にお生れの立派な若殿様じゃ。わははは。いやなに、わははは。では、みなの衆、帰ってもよいそうじゃ。お互い物の道理の分る御慈悲深い御領主様を戴いて、倖《しあわせ》でおじゃりまするな。そろそろ参りましょうわい」
「よッ!」
「何じゃな」
「待たッしゃい!」
「ほほう、まだ御用がおじゃりますかな」
「不審な奴があとにおる。そのうしろの深編笠は何者でござる!」
「ははあ、なるほど、これでござるか。この者はな、わしの伜じゃ」
「なにッ。そなたには妻がない筈、それゆえ変屈男と評判の筈じゃ。独身者に子供があるとは何とされた!」
「妻はのうてもわしとて男でござりますわい。若い時に粗相《そそう》をしてな。落《おと》し胤《だね》じゃ、落し胤じゃ。――伜
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