辺近くに殺到すると、突然鋭く叫んで言いました。
「隠密じゃッ。隠密じゃッ。やはり江戸隠密に相違あるまい。素直に名乗れッ」
「なに!」
まことに意外とも意外な言葉です。主水之介はにったり微笑すると泰然として問い返しました。
「なぜじゃ。身共が江戸隠密とは何を以て申すのじゃ」
「今さら白《しら》を切るなッ。千種屋に宿を取ったが第一の証拠じゃ。あの宿の主人《あるじ》こそは、われら一統が前から江戸隠密と疑いかけて見張りおった人物、疑いかかったその千種屋にうぬも草鞋をぬいだからには、旗本の名を騙《かた》る同じ隠密に相違あるまいがなッ」
「ほほう、左様であったか。あれなる若者、何かと心利《こころぎ》いて不審な男と思うておったが、今ようやく謎が解けたわい。なれど身共は正真正銘の直参旗本、千種屋に宿を取ったは軒並み旅籠が身共を袖にしたからじゃ。隠密なぞと軽はずみな事呼ばわり立てなば、あとにて面々詰め腹切らずばなるまいぞ。それでもよいか」
「言うなッ。言うなッ。まこと旗本ならばあのような戯《ざ》れ看板せずともよい筈、喧嘩口論白刄くぐりが何のかのと、無頼がましゅう飄《ひょう》げた事書いて張ったは、隠密の
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