言ったに違いない。さッとどよめきうろたえながら雪崩れ散るように波を打って道を開いたその中を、ずいずいと若者のところへ歩み寄ると、莞爾たり!
「三とせ越し上手によく化けおったな。怪我はないか」
「おッ……。ありがとうござります。ありがとうござります。実は、実は手前、御前と同じ江戸の……」
「言わいでもいい、妻女からあらましは今きいた。何ぞよ、何ぞよ。隠密に参った仔細はいかなることじゃ」
「居城修復と届け出して公儀御許しをうけたにかかわらず、その実密々に増築工事進めおりまする模様がござりましたゆえ、矢場主英膳どのと拙者の二人が御秘命蒙り、うまうまと、三年前から当城下に入り込みまして、苦心を重ね探りましたところ、石の巻に――」
始終を語り告げているその隙に乗じて、七八名の捕り手達がうしろから襲いかかろうとしたのを、
「身の程知らずがッ、この眉間傷、目に這入らぬかッ」
ぐっとふり向いて一喝しながら威嚇しておくと、自若としながらきき尋ねました。
「石の巻に何ぞ秘密でもあったか」
「秘密も秘密、公儀|御法度《ごはっと》の兵糧倉《ひょうろうぐら》と武器倉を二カ所にこしらえ、巧みな砦塞《とりで》すらも築造中なのでござります。そればかりか城内二ノ廓《くるわ》にも多分の兵糧弾薬を秘かに貯え、あまつさえ素姓怪しき浪人共を盛んに召し抱えまする模様でござりましたゆえ、ようやく今の先その動かぬ証拠を突きとめ、ひと飛びに江戸表へ発足しようと致しましたところを、先日中より手前の身辺につきまとうておりました藩士共にひと足早く踏みこまれ、かくは窮地に陥入ったのでござります」
「左様か、左様か、お手柄じゃ。では、先程身共を英膳の矢場へ案内していったのも、うるさくつきまとう藩士達を身共共々追っ払って、その間に動かぬ証拠突き止めようとしてのことか」
「は。その通りでござります。御前は手前等ごとき御見知りもござりますまいが、手前等英膳と二人には、江戸におりました頃からお馴染深《なじみぶか》いお殿様でござりますゆえ、この城下にお越しを幸いと、万が一の折のお力添え願うために、お引き合せかたがたあの矢場へ御つれ申したのでござります。それもこれも藩の者共が、江戸に城内の秘密嗅ぎ知られてはとの懸念から、宿改め、武家改めをやり出しましたが御縁のもと、かく御殿様のうしろ楯得ましたからには、もう千人力にござります」
「よし、それにて悉皆《しっかい》謎は解けた。――者共ッ、もう遠慮は要らぬぞ。これなる眉間傷の接待所望の者は束になってかかって参れッ。――来ぬかッ。笑止よ喃《のう》。独眼竜将軍政宗公がお手がけの城下じゃ。ひとり二人は人がましい奴があろう。早う参れッ」
しかしかかって参れと促されても、三日月傷が邪魔になってそうたやすく行かれるわけがないのです。進んでは退き、尻ごみしては小者達がひしめきどよめきつつ構え直しているとき、タッ、タッ、タッと宵闇の向うから近づき迫って来たのは、まさしく蹄の音でした。知るや、どッと捕り方達の気勢があがりました。
「お目付じゃ。村沢様じゃ。お目付の村沢様お自ら出馬遊ばされましたぞッ。かかれッ。かかれッ。捕って押えろッ」
色めき立った声と共に、いかさま馬上せわしく駈け近づいて来たのは、七八人の屈強《くっきょう》な供侍を引き随えた老職らしいひとりです。同時に馬上から声がありました。
「捕ったかッ、捕ったかッ。――まごまご致しおるな。たかの知れた隠密ひとりふたり、手間どって何ごとじゃッ。早う召し捕れッ、手にあまらば斬ってすてろッ」
「………」
「よッ。見馴れぬ素浪人の助勢があるな! 構わぬ! 構わぬ! そ奴もついでに斬ってすてろッ」
「控えい! 控えい! 素浪人とは誰に申すぞ。下りませい! 下りませい! 馬をすてい!」
きいて、ずいと進み出たのは主水之介です。
「無役ながらも千二百石頂戴の天下お直参じゃ! 陪臣《またもの》風情が馬上で応待は無礼であろうぞ。ましてや素浪人とは何ごとじゃ。馬すてい!」
「なにッ?」
お直参の一語に、ぎょッとなったらしいが、しかし馬はそのままでした。と見るや退屈男は、ついと身を泳がして、傍らの捕り手が斜《しゃ》に構えていた六尺棒を手早く奪いとるや、さっと狙いをつけて馬腹目ざしながら投げつけたのは咄嗟の早業の棒がらみです。――唸って飛んで栗毛の足にハッシとからみついたかと見えるや、馬は竿立ち、笑止にも乗り手は地に叩きつけられました。
「みい、当藩目付とあらば少しは分別あろう。早う下知して捕り方退かせい」
「………」
「まだ分らぬか。わからば元より、江戸大公儀|御差遣《ごさけん》の隠密に傷一つ負わしなば、伊達五十四郡の存亡にかかろうぞ。匆々《そうそう》に捕り方退かせて、江戸へ申し開きの謝罪状でも書きしたためるが家名のためじゃ。
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