身分改めやら、何かと手きびしく御吟味なさったあげ句、少しなりとも御不審の節々がおありの御武家は容赦なく引っ立て、あまつさえ宿の亭主も巻添え喰って入牢させられたり、手錠足止めに出会いましたり、兎角に迷惑なことばかりでござりますゆえ、触《さわ》らぬ神に祟《たた》りなしとみなお侍様と見れば、ああして逃げを張っているのでござります」
「ヘゲタレよ喃」
「は?……」
「京ではそのような食べ物のよろしくない者共をヘゲタレと申すとよ。折があったら伊達侯に申し伝えい。時々|鰻《うなぎ》位用いたとても六十五万石の大身代《おおしんだい》では減るようなこともあるまいゆえ、三日に一度位は油の乗った大串《おおぐし》を充分に食して、もッと胆を練るようにとな。いずれにしても、仙台伊達と言えば加賀島津につづく大藩じゃ。ましてや独眼竜将軍の流れを汲む者が、そのようにせせこましゅうしてどうなるものぞ。では、何じゃな。そちのところはあとの迷惑面倒も覚悟の前で身共に一夜の宿を貸すと申すのじゃな」
「へえい。一夜も百夜もお貸しする段ではござりませぬ。お殿様に御不審の廉《かど》なぞあろう筈もござりませぬゆえ、およろしくば御案内致します」
「面白い。伊達侯よりそちの方が喰い物がよろしいと見えてなかなか話せるわ。事起らばなお望むところじゃ。千夜程も逗留してつかわそうぞ。さそくに案内《あない》せい」
 だが、誘《いざ》なっていったその千種屋が、番頭の言葉だとあまり上等ではなかろうと思われたのに、どうしてなかなか容易ならぬ上宿なのです。しかもそこの帳場に居合わした女将《おかみ》なるものがまた穏かでない。年の頃は二十五六。顔から肩、肩から手、身につけている帯紐までがしいんと透き通るような寂しさを湛えて、つつましやかに乳房をのぞかせながら、二つ位のみどり児に愛の露を含ませている容子が、清楚な美しさと言うよりも、変に冷たく冴《さ》え冴《さ》えとして、むしろ不気味な位でした。いやそればかりではなく、退屈男を番頭が案内していったのを見眺めると、ちらりと冷たく目元に不安げな色を浮べて、何か物に脅《おび》えでもしたかのごとくに眉を寄せました。
 だのに番頭がまた奇怪でした。
「大事ない。大事ない。心配するな」
 すぐに応じて言った言葉の横柄さ、ぞんざいなところは、番頭と思いのほかにどうやら主人らしくもあるのです。――退屈男の不審は
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