し、それにて悉皆《しっかい》謎は解けた。――者共ッ、もう遠慮は要らぬぞ。これなる眉間傷の接待所望の者は束になってかかって参れッ。――来ぬかッ。笑止よ喃《のう》。独眼竜将軍政宗公がお手がけの城下じゃ。ひとり二人は人がましい奴があろう。早う参れッ」
 しかしかかって参れと促されても、三日月傷が邪魔になってそうたやすく行かれるわけがないのです。進んでは退き、尻ごみしては小者達がひしめきどよめきつつ構え直しているとき、タッ、タッ、タッと宵闇の向うから近づき迫って来たのは、まさしく蹄の音でした。知るや、どッと捕り方達の気勢があがりました。
「お目付じゃ。村沢様じゃ。お目付の村沢様お自ら出馬遊ばされましたぞッ。かかれッ。かかれッ。捕って押えろッ」
 色めき立った声と共に、いかさま馬上せわしく駈け近づいて来たのは、七八人の屈強《くっきょう》な供侍を引き随えた老職らしいひとりです。同時に馬上から声がありました。
「捕ったかッ、捕ったかッ。――まごまご致しおるな。たかの知れた隠密ひとりふたり、手間どって何ごとじゃッ。早う召し捕れッ、手にあまらば斬ってすてろッ」
「………」
「よッ。見馴れぬ素浪人の助勢があるな! 構わぬ! 構わぬ! そ奴もついでに斬ってすてろッ」
「控えい! 控えい! 素浪人とは誰に申すぞ。下りませい! 下りませい! 馬をすてい!」
 きいて、ずいと進み出たのは主水之介です。
「無役ながらも千二百石頂戴の天下お直参じゃ! 陪臣《またもの》風情が馬上で応待は無礼であろうぞ。ましてや素浪人とは何ごとじゃ。馬すてい!」
「なにッ?」
 お直参の一語に、ぎょッとなったらしいが、しかし馬はそのままでした。と見るや退屈男は、ついと身を泳がして、傍らの捕り手が斜《しゃ》に構えていた六尺棒を手早く奪いとるや、さっと狙いをつけて馬腹目ざしながら投げつけたのは咄嗟の早業の棒がらみです。――唸って飛んで栗毛の足にハッシとからみついたかと見えるや、馬は竿立ち、笑止にも乗り手は地に叩きつけられました。
「みい、当藩目付とあらば少しは分別あろう。早う下知して捕り方退かせい」
「………」
「まだ分らぬか。わからば元より、江戸大公儀|御差遣《ごさけん》の隠密に傷一つ負わしなば、伊達五十四郡の存亡にかかろうぞ。匆々《そうそう》に捕り方退かせて、江戸へ申し開きの謝罪状でも書きしたためるが家名のためじゃ。
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